第24話 淡い期待

Pr-Aの教室では、アクア=ビリニュスが腕組みをしながら考えていた。

艶やかな金色の長髪を揺らめかせ、教室の中から外の景色を見ている。

173cmを少し切るくらいの細身でありながら、魔導剣士としての腕は十分。

上流貴族に相応しい気品と女と見間違えるほどの美貌。

全てを兼ね備えているように思える。

(あの者は信用出来るのか?)

午前、腕に覚えのある自分を完敗させた恐ろしく腕の立つ男。経緯は知らないが本来は魔導師だと言う。

(魔導師の動きでは無かった。)

明らかに鍛え上げているだろう肉体と剣技。

自分の魔術を《水塊拘束》といち早く判断し、その判断に疑いを持たない決断力。

どれも一級品だと思える。

(しかし、信用出来るかは別。)

兎にも角にも話をしてみなければ判断出来ない。何より神聖魔法ではない回復魔術があるならば、あの呪いを解くことが出来るかも知れない。

アクアが故郷を出て、帝国大学に入学した最大の理由。

(せめてあの術が何なのか、糸口だけでも掴めたら…)

神殿の上位役職者であっても解くことが出来なかった呪い。ビリニュス家が翻弄されているこの呪いを自分が何とかしなければならない。

(アリールとやらが何か知っていれば…)

淡い期待。何度も裏切られてきたこの淡い期待の主を静かに待っていた。


「それは本当のことなのか?」

アクアはアリールに掴みかかる勢いで大声を上げる。図書室の一角。アリールが教室にやって来て、いざ話を聞こうとした矢先にサーズとハンメルトとやらが教室に入って来たため、人気の無い場所に移動した。万が一にも呪いのことは知られてはならない。

「…はい。」

アリールは血相を変えたアクアの様子を窺いながら短く返答する。

アクアは単刀直入に聞いたのだ。神聖魔法では無い魔術で回復が出来るのか、それから解呪が出来るのかを。

アリールはどちらも肯定し、現在に至る。

「そ、それはあなたも遣えるのか?」

普段冷静さに努めているアクアが我を忘れてアリールに質す。

「どちらも弱いものならば。ただ状態を見なければ何とも言えません。」

アリールはアクアのただならぬ様子を察知して、言葉を選びながら返答する。

神聖魔法の解呪が効かなかったのだ。生易しい呪いだとは到底思えない。アクアは半ば落胆し、半ば淡い期待を寄せる。

「呪いを見たら、解呪出来るか分かるか?」

「恐らくは。試してみないと分からない部分もありますが…」

アクアはいつの間にかアリールの両腕を掴みながら相手の顔を真剣な表情で見つめていた。

やっと見つかった解呪の糸口。この男を1度実家に連れて行かなければならない。

手に力がこもり、アクアは強くアリールの腕を掴んでいたことに気付く。

「す、済まない。」

「いえ。」

穏やかな優しい表情。アクアは一瞬ドキリとする。

(…アリール=ヴァイス…)

この男は手練れというだけでは無く、知性的な優しさを持っているように思える。

ビリニュス家当主である父の許可を得なければならないが、この男なら信用出来るかも知れない。

アクアは淡い期待をさらに募らせる。幼い頃から、こんな淡い期待を幾度も裏切られて来てはいるが諦めてはいない。

「父に1度会っては貰えないだろうか?」

「御父上に?」

「ああ。詳細は私からは言えないのだ。是非1度父に会って話を聞いて欲しい。もちろん、話を聞くだけで構わない。」

アクアの父、ノーザンテリトリー辺境伯クォス=ビリニュス。北方の狼の異名を持つ帝国の重鎮の1人。

「近々、このグリムワール帝都に来るはずだから、その時に是非会って欲しいのだ。」

段々と冷静さを取り戻してきたアクアは懇願するように自分の希望を伝える。

「はい。僕で良ければ。力になれるのなら。」

アリールはやはり穏やかな優しい表情でアクアに応える。

「ありがとう。」

アクアはその表情だけで、目の前のこの青年のことを信用したくなっていた。自分とさして年齢の変わらない手練れであるこの青年は自分の淡い期待を叶えてくれるかも知れない。

優しくこの穏やかな心地良さに少しだけ救われる思いがした。

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