第23話 闇魔術

「ふむ。」

アラインはアリールの申し出にどうしたものか考える。

アリールが遣う闇魔術はまだ帝国の上層部しか把握していない。


「すみません。」

アリールが頭を下げて申し訳無さそうに謝罪する。

確かに闇魔術を遣ったのは安易ではあるが、責めることは出来ない。

そもそもスキルや魔術を用いることを止める権利など無いのだ。

闇魔術の名の通り人々に畏怖を与える可能性があることと、神殿が介入してくることが煩わしいことが問題であるから、出来れば、と注釈をつけた上で

「帝国として闇魔術を公表出来るようになるまで、極力、闇魔術を控えて欲しい。もちろん緊急を要する時やごく親しい友人だけならば規制はしない。」

そうアラインはアリールに伝える。

心優しい青年のことだ。困っている人が居れば躊躇うことなく魔術を遣うだろう。

神聖魔法では無い回復魔術が人々に広まれば、神殿が介入してくるのは確実だが、皇帝陛下の御名を出してでもこの青年は守らねばならない。

「ありがとうございます。」

深々と頭を下げるアリール。


第1研究室は前日に続いてアライン、アリール、ルーエの3人の昼食の場になっている。

「ところで…」

アラインは少しにこやかになりながら、対面に座っているアリールとルーエの2人を交互に見た。

「昨日はどうだったのかね?」

噴き出しそうになるルーエ。そう言えば、昨日のデートモドキはこの男の不要な配慮から始まっていたことを思い出す。

「楽しかったです。」

アリールは屈託ない笑顔で答える。

傍らにある剣が昨日の獲物なんだろう。魔導師なのに剣?とアラインは思ったが、アリールなら使いこなせそうにも思える。

「そうか…。鍛冶屋だけか?」

ルーエはまたも噴き出しそうになった。スケベ根性もここまで来ると立派…とまでは思わないが、目の前の上司はアリールが誰かとくっつくことを望んでいるのだろう。その先鋒としての自分なのだ。

「魔導師の店と食事に行きました。」

アリールは調子変わらず答える。

その食事の店で自分の心の葛藤が繰り広げられたのだ。帰りしなには不覚になるという失態つきで。

「どうだったのかな、ルーエ女史。」

今度はこちらに矛先を向けてくる目の前のスケベ上司、もといアライン。

「…ええ。とても気に入りました。またいつか行こうかと思っています。」

澄ました顔で答えるルーエ。明らかに質問内容の意図をずらした返答になっているだろう。ええ、ええ何もありませんでしたとも。

「…そうか。私も行ってみるかな。」

返答で察するアライン。思い出したかのように家の話に移る。

「ところで、家の住み心地はどうだ?手狭で申し訳ないのだが…」

アラインは申し訳ないという表情でアリールに尋ねる。

「いえ。とても立派なお屋敷で不自由なくとてもありがたいです。」

「そうか。2人の女中娘たちも問題ないか?」

アラインにとってみれば、アリールの手付きになるのはルーエじゃなくても良い。

少なくとも子を為せば、アリールにとってグリムワールは離れ難い地になるはず。必要とあらば、心当たりのある女中娘たちを新たに送り込んでも良い。

「はい。2人ともよくしてくれています。」

アリールは微笑みながら答える。

事実、2人の女中娘は甲斐甲斐しく働き、見目も相当に良い。アラインにとっては持てる駒で最強の女中娘たちである。

「…そうか。ならば良かった。何かあればいつでも言ってくれたまえ。」

「はい。ありがとうございます。」


ルーエが昨夜の失態の謝罪をいつ切り出そうか迷っているまま2人の会話は続いていた。

相も変わらずポンコツではあるが、さすがにスケベ上司の前でアリールに謝罪するのは気が引けている。2人きりになったときに…と思っているが、その機会は今のところ無い。

(…というか、何と言って謝罪すれば…?)

眠ってしまってごめんなさい?

帰り道、苦労をかけてしまってごめんね?

何か違う気がする。2人の会話をBGMにして悶々と考えるルーエ。

「…………になると思うのだが、ルーエ女史。」

名を呼ばれて我に返るポンコツ女史。

「それで大丈夫かね?」

何が?何が大丈夫なの?

「…ええ。」

ルーエは完全に聞き漏らした上司の言葉に対して曖昧な返答をする。

「そうか。なら決まりだ。アリール君、詳細はルーエ女史に伝達するから、その日までに準備をお願いするが良いだろうか?」

「はい。分かりました。」

アリールはにこやかに返答する。

完全に失敗した。何かが決まったようだ。そしてそれが何なのか理解していない。

「では、僕はこれで…。」

教室でアクアとの約束があるアリールは恭しく礼をして退室した。

「さて、ルーエ女史も3日後までに準備をお願いする。」

アラインはアリールの後ろ姿を見送って、ルーエの方に向き直す。

「…はい。何を…」

The King of ポンコツと化したルーエは恐る恐る尋ねる。いやThe Queen of ポンコツであったか。

「こほん。さっきの話だ。3日後の午後、皇帝陛下と弟君が大学に視察に来られる際にPr-Aの面々と面会を行う。皇帝陛下と弟君のたっての願いでな。そこでアリール君には大学内での護衛を、君には案内をお願いする、という話だ。」


へ?そんな話になってたの??

「…しっかりしてくれたまえ。大方、彼の横顔でも見とれていたのだろうが…」

スケベ上司が茶化すように笑う。

「護衛はもちろん皇室親衛隊も行うし、その日はPr-A以外の生徒は休みを取らせるつもりだから、万が一も無いだろうが心して準備しておいてくれたまえ。」

最後はまともな上司と化したアラインが威厳を込めてルーエに話す。

The Queen of ポンコツは黄昏れながら、味気の無い豪華な昼食を口に運ぶ。

もう少し自分の身の周りが落ち着いたら、この昼食ももう少し味気のあるものになるのに、と現状の自分の境遇を呪っていた。



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