第22話 模擬戦

開始の合図と共にアクアは詠唱を始める。

相手も長剣を携えているが、間合いに居ない限りは攻撃が届くことは無い。

(…詠唱が速いな)

レオナルドは長剣を縦に構え、詠唱しているアクアの様子を観察する。

ノーザンテリトリーのビリニュス辺境伯の次男は類まれな魔術と剣技を持っていると聞いていた。確かにこの詠唱速度は尋常ではない。

対してアリールは正眼に構えて微動だにしない。

(詠唱が完成したら、成す術が無いのではないか?)

通常、魔導師との闘いでは魔導師にいかに魔術を使わせないかがポイントになる。

後手に回ってしまえば、最初の魔術を食らった時点で劣勢に立たされるのは明らかだからだ。

だからレオナルドの考えは至極当然であり、詠唱を止めるべくアリールはアクアに打ち込みに行くべきであり、微動だにしないアリールは敢えて魔術を受けようとしているように見える。


(…詠唱が完成する)

レオナルドの見立て通り。アクアは詠唱を完成しつつあった。残り3秒くらい。

しかし、詠唱が完成するかというタイミングで、アリールは弾けるように跳躍する。まるで人間の動きではない素早さ。ある種の獣のような動きで剣の間合いに入るアリール。

(詠唱の方が早い)

レオナルドはアリールの動きに驚愕しつつもアリールの手数よりも足元で完成する魔法陣の方が早いことを見切る。

アリールの足元で完成する魔法陣は対象を粘性の高い水で搦め捕る水魔術であり、自由を奪うものだ。

勝負あったかに思えた。アリールは水魔術で搦めとられて身動きが取れないだろう。

レオナルドはアクアの勝ちを確信して修練台に上がろうとする。

しかし…

いきなりアリールの足元から大量の白い煙が立ちのぼったかと思ったら、次の瞬間にはアリールはアクアの首元に刃を突き立てていた。

「…参りました…」

アクアが降参する。アリールがアクアを背後から抱き締めるかのように回りこんでいたのだ。

「え?」

何が起きたのか、サーズ他、横から見ていた学友たちは理解出来なかった。いきなりアリールは降って湧いたようにアクアの背後に現れたのである。


「…凄い…」

アクアの回復役であったライサは眼鏡越しに見えたアリールの動きに感嘆する。

アリールは動き出しと同時に二言三言呟いて、何かを詠唱し、アクアの魔法陣が展開したと同時にそこに向けて魔術を発動させたのだ。

それだけではない。

動き出しのスピードそのままに魔術を発動させてからアクアの方に跳んで、左手1本で宙に跳ねてアクアの背後に回り込んでいるのだ。

恐らく何らかの魔術でアクアの水魔術を相殺し、白い煙を目眩ましにしたのだろう。

常人の動きではなかった。

アクアにもまた、アリールの常人離れした動きが見えていた。

明らかに通常の魔術では無い、何らかの詠唱によって自分の魔法陣は消え失せてしまい効果を為さなかった。

詠唱を完成させた瞬間を狙っていたのだろう。いくら剣技に優れていても、今の動きには対処のしようが無かった。


レオナルドもまた驚愕する。明らかに魔導師の動きでは無い。騎士や剣士でも今の動きを捉えられるか分からない。魔導剣士は器用貧乏なタイプになりやすいがこれだけ俊敏に動きかつ詠唱出来るのであれば、いきなり実戦でも通用するだろう。


「大丈夫ですか?」

アリールが剣を下ろしながらアクアに優しく声をかける。

「…ええ。大丈夫。」

アクアは少しだけ顔を歪ませてアリールに答える。

「簡単に回復をいたしますね。」

そう言ってアリールはアクアの右腕に触れ短く言葉を発する。

アリールは宙を跳ねて着地した瞬間にアクアの右腕を切りつけ、反撃の機会を奪っていたのである。

神聖魔法も使えるのか?アクアはアリールに尋ねる。

「神聖魔法では無いのですが…」

アリールは申し訳無さそうにアクアに答える。

アクアの瞳が驚きで大きく見開かれた。

「神聖魔法では無い?」

「はい。」

どういう意味だ?回復は須く神聖魔法だろう?

アクアはアリールに向き直って、問い質すように尋ねる。

「神聖魔法では無い回復魔術があるのか??」


2人を包んでいた白い煙が完全に霧散した。

「2人とも良い闘いだった。アリールは魔導剣士でもいけるな。」

レオナルドが2人に声をかける。と、同時に2人の、正確にはアクアのただならぬ様子が見てとれた。

「どうした?2人とも修練台から降りて良いぞ!」

アクアはレオナルドの言で身を翻して修練台を降りていく。

修練台を降りてすぐの場所でアリールが降りて来るのを待った。

神聖魔法では無い回復魔術があるのだとしたら…それは何としてでも知りたい。


アリールは修練台を降りながら、アクアへ右手を差し出す。

握手のつもりなのだろう。アクアも手を差し出そうとした時、横からの闖入者によって邪魔をされた。

「凄い凄い!さすがボクが見込んだ男だよ!っていうか、さっきのって何をしたの?」

ティルが飛び跳ねるようにアリールに抱きついている。イリナとの模擬戦に負けたことなどすっかり忘れてしまっているような顔である。

アリールは苦笑してアクアの方を窺う。

明らかにアクアは何か言いたげの様子だ。

「今日の昼休憩に少し話をしたいのだが良いだろうか?」

アクアがティルに構わずアリールに向かって言う。

昼休憩は第1研究室に向かわねばならないが、昼食後なら大丈夫だろう。

「昼食後でも大丈夫ですか?」

「…ああ。」

神聖魔法では無い回復魔術。

アクアの頭の中にはそのことが引っかかっている。神殿で修練を積まなけば会得することが出来ない神聖魔法であっても、特殊な呪いには効かなかった。

(もし、神聖魔法以外の回復魔術があるなら…)

もしかしたら何とか出来るかも知れない。

そう淡い期待を抱いていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る