第21話 修練場2

イリナは一か八かの勝負に出る。

跳んだ方向のさらに先に視線を移し、さらにそこへ向かって跳ぶように見せかけるフェイント。

ティルが自分の視線に気づけば、そこに回りこもうとするだろう。

利き足ではない左足で右前方に跳ぶと見せかけてほんの少しだけ左後方に跳び、利き足の右足で大きく跳躍しティルとの間合いを詰めた。


(くっ…そんなフェイント!)

ティルはイリナの視線に気づいて跳ぶ方向が分かっていたつもりだった。

多少の誤差はあっても、まさか逆方向に跳ぶとは思ってもいなかった。

(しかし!)

こちらの態勢は崩れてはいない。片手剣であるイリナが切りかかってきても、それをいなせばこちらの勝ちだ。

ティルはイリナの利き手にある右手の片手剣に注意を払うだけで良かった。リーチはこちらが負けているが、片手剣が届く間合いではない。


(!!!)

イリナの持つ剣が伸びた。いや、正確には右手にあった片手剣はイリナの左手に持ち替えられ、右足で跳躍してティルに必殺の突きを叩きこんだのだ。

真剣であれば自分の身を貫いていただろう。鈍い痛みと共に自分が負けてしまったことをティルは理解した。


「そこまで!アリサ、すぐ回復してやってくれ。まともに突きを食らってる。」

レオナルドは試合を止めて、右脇腹を押さえて倒れこんでいるティルの様子を見る。

紫色の澱水晶の効果で死ぬことは無いにしても、まともに突きを食らえばその痛みは相当なものだ。

アリサは素早く詠唱して神聖魔法をティルに施す。右脇腹の鈍い痛みが無くなり、ティルは起き上がることが出来た。

「…いやぁ完敗~絶対勝ったと思ったのにな。」

ティルは明るく笑いながら、強いなぁとイリナに声をかけた。

イリナも利き足では無い足を酷使したせいか、左足を引きずっていた。

「一か八かの勝負にたまたま勝っただけ。」

イリナの本心である。

この南砂の砂狐は間違いなく奥の手を持っていた。

今回は自分がたまたま勝っただけで次はどうなるか分からない。


「ありがと。良い勝負だった。」

ティルが微笑みながらイリナに声をかけ、修練台を降りる。修練台の側に居たアリールの元に駆け寄っていった。

「…負けちゃった。」

微笑を浮かべてはいるが、相当に悔しいのだろう。少しだけ瞳が潤んでいるように見える。ティルにとっては久しぶりの敗戦。故郷で男に交じって鍛錬していたときだって、ここ1年は誰にも負けていなかった。

だから同じ小柄な女性であるイリナに不覚をとってしまったことをとても悔しく思っていた。


「…よし、じゃあ次。アクアとアリール、上がって来い!」

レオナルドは2人を呼ぶ。アクアが先に上がり、アリールがその後に続く。

「アリサ、まだ回復はいけるか?ライサは大丈夫だな?」

アリサは黙って頷く。ライサは眼鏡をかけ直すポーズでレオナルドに返答した。

アクア=ビリニュスとアリール=ヴァイスの模擬戦。2人とも長剣を携えて修練台に上がっている。

「2人とも長剣で良いのか?」

レオナルドは2人に確認する。確か2人とも魔導師だったように思うのだが。

「構いません。」

アクアが通る声で答える。

「大丈夫です。」

アリールも同じく。

「よし、では始めるぞ。…始め!」

レオナルドの合図と共に、模擬戦2戦目が開始された。


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