第20話 修練場1
グリムワール帝国大学修練場。
ここでは、学生や騎士見習いが各々身体を動かして鍛錬する。
修練場には神器の1つである『紫色の澱水晶』が安置されており、その効果によって修練中の事故を防いでいる。『紫色の澱水晶』は生物の生命力以上のダメージを精神力ダメージに転化することで、即死することが無い。もし、生命力以上のダメージを負ってしまったときは被ダメージ者は昏倒するが命を失うことが無いのだ。
「凄い道具だよね…それって。」
ティルが目を見張る。レオナルドから説明を受けて、ほえ~と感嘆した。
「でもさ、その道具って戦場に持っていったら無敵なんじゃない?」
ティルは不思議そうに周りに居る同級生に尋ねる。確かに戦場で死なないのであれば、無敵は無敵なのだろう。
「その代わり、相手も倒せないだろ?死にはしないが、もし負け戦になって味方は全員昏倒してその『紫色の澱水晶』を奪われたら目も当てられない。」
サーズがティルの疑問に答える。あ、そっか~とティル。
「その通りだ。だから鍛錬の時に用いるがダメージを食らわないに越したことはない。今日は対人戦闘を想定して鍛錬するが、前衛は木剣で魔導師は簡易杖だ。」
レオナルドはPr-Aの面々を見ながらそう宣言する。
木剣や簡易杖ならば威力も大幅に減衰し、大きなダメージを負うことは無い。まぁ当たれば痛いのだが。
「よし手始めにティルとイリナが1vs1をしてみろ。アリサはティルに、ライサはイリナに、2人が受けたダメージを回復してやれ。他の者は修練台の側で2人の戦いを良く見ておけよ。」
ティルとイリナが円形の修練台の上に残り、ティル側にアリサが、イリナ側にライサが、回復術者が立つエリアに向かう。アリール、アクア、サーズ、ハンメルトの4人は2人の戦いを見学するために修練台を降りた。
「よし、では始めるぞ。……始めっ!」
レオナルドが宣言し、模擬戦が開始された。
ティルはすかさず後方に跳び、間合いを広げる。ティルは小剣の2刀流、イリナは小剣と盾。
2人とも女であるが、敏捷さを生かした機動戦法を得意にしている。
じりじりとイリナは盾を構えたまま、間合いを詰める。
盾はそれほど大きくは無いのだが、小柄なイリナを隠すのに十分である。
もし、剣を振って攻撃を加えられたとしても盾でいなして態勢の崩れた敵を剣の餌食にすれば良い。
イリナはティルの視線を窺いながらさらに間合いを詰めていく。
ティルは牽制のためにイリナと相対しながら右方向に回りこむ。
盾持ちとの闘いでは、盾のある方に回りこむのが常道であり、盾によって狭まった視野の死角に入りこめば容易に一撃を見舞うことが出来る。
もちろん、イリナは百も承知だから、左手で持っている盾を常にティルに向けて死角からの一撃を警戒している。
「……っ」
不意にイリナの視界からティルの姿が消える。
先ほどまでやや左前方に居たティルの姿が消えたのだ。
(何かが来るっ)
イリナは本能的に何かを察知し、持っていた盾を斜め下の方向に押し出した。ティルは素早く屈んで視線と盾の延長上に移動していた。
押し出した盾が何かにぶつかる。ティルの右剣だ。
盾を剣で受ける恰好になれば、ティルの態勢も崩れているはず。
イリナはぶつかった地点目掛けて渾身の一撃を振るう。ティルの態勢が崩れていれば、この一撃は防ぎようが無い。
(…!!)
剣は空を切る。
さっきまでそこに居たはずのティルに自分の剣は当たらなかった。
咄嗟に持っていた盾を左方向に投げつける。死角の方にティルが居るはずと本能的に盾を投げつけたのだ。
自分の方に飛んできた盾を避けて再び間合いを取るティル。盾を投げつけられなければ、イリナの背後に回って背中に一撃を浴びせることが出来ただろう。
(…さすがPr-Aは伊達じゃないってことね)
ティルは感心してイリナを見る。
右剣で盾を受けたと思わせて左剣で盾を受け、受け流して背後に回りこむ作戦だったが、思いの他、盾の一撃が重かったのと、何より自分の方向に盾が飛んできたことに驚き、踏み込むことが出来なかった。
再び対峙するティルとイリナ。
しかし、イリナの方は盾を失い片手剣になっている。
今度は逆にティルがじりじりと間合いを詰めていく。
片手剣では2刀を同時に受け切ることは出来ない。かといって片手剣側が切りかかってもいなされたらそこで終わりである。
イリナは右に跳んだ。
後は速さ勝負を挑む他無い。
もちろんティルはそのことも想定しているだろうが。片手剣ではいなすことは出来ない。
間合いを測って切り込む他は無さそうに見えた。
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