第16話 ルーエの気持ち

グリムワールの魔導師御用達の店を訪れたとき、ルーエは先ほどの鍛冶屋の出来事を思い返していた。

魔導師であるルーエは知らなかったが、世の中には紋様のある剣があり、その紋様は剣ごとに異なること。恐らくアラインが持たせたであろう金貨。それから、目の前の青年は1人の鍛冶屋店員である少女を虜にしたであろうことを。

知り合ってまだ2ヶ月ではあるが、アリールには不思議な魅力がある。今のルーエにとってみれば、男を感じさせる唯一の人間。同居して約1ヶ月、まるで初々しい新婚の夫のようにアリールは自分に優しくしてくれ、また、尊敬の念も見せてくれる。大迷宮から来た得体の知れない青年という事実を忘れてしまいそうになる程度に、ルーエの気持ちの半分は占めてしまっているだろう。

(罪作りよね。)

アリールのことである。先ほどの店員との微笑ましいやり取りを見ても、この青年は無意識に他人、特に女を魅了するに長けているように見える。

(この調子だと何人の女性が虜になってしまうのやら…)

初めて会ったときは驚きの方が強く、心に余裕が無かったせいか、何も意識してなかったはず。別段、良い顔立ちとも思ってはいなかった。しかし日に日に、特に同居を始めてからはその優しく温かい双眸や笑顔に強く惹かれるようになってしまった。まるで18の時のように。

(あれから10年…)

そう。初めての男に裏切られてから10年。帝国大学で知り合って将来を誓い合った男は己の保身と出世のために、ルーエを捨て故郷で結婚した。

それを聞いたときのルーエの絶望感。

暫く誰とも会いたくない、会えない孤独感で支配されたあの日々から10年経っていた。

(あの後、自暴自棄になったのよね…)

苦々しい日々。その孤独感から先輩男に言い寄られた時、つい身体を許してしまい、そのことをその男が大学で吹聴したのだ。

男は熱烈なルーエのファンで有頂天になっていたのだろう、自慢話のように褥を共にした様子を仲間うちに吹聴していたのだ。噂はいつからか霧散したが、その男からの復縁希望は毎日のように続き半ばストーカーと化してしまった。

自分の実家であるヴァイス家から、厳重な抗議が相手実家に届いてその男は実家に連れ戻されたことでその騒動は収束したが、その日から、ルーエは男に対してある種の信頼を寄せることはしなくなった。アリールが現れるまでは。

「終わりました。」

アリールがぼうっとしているルーエに声をかける。

「あ、ええ。良い物はあった?」

ルーエが慌ててアリールに返答する。

「どうでしょう?でも、面白い物が沢山ありますね。」

魔石と2枚のスクロール。アリールは自分の獲物をルーエに見せる。

無邪気にも見えるアリールの横顔。ルーエは少しだけ心臓の痛みを感じながら、アリールに聞いてみる。

「これからどうしよっか?」

見れば日も落ちて、酒場通りも賑やかになっているのが遠目にも分かる。今日は食べて帰る、と女中娘たちには言ってあるから、2人で夕飯を食べに行かなければならない。多少なら豪勢な食事も許されるだろう。

「ルーエさんにお任せします。」

無邪気な笑顔のまま、はにかむアリール。その表情にまたルーエはやられてしまった。

「よし、じゃあ夕飯にしましょう!」

どきどきしながら、ルーエはアリールの腕を組む。

(周りから恋人同士に見えたりしないかな…)

ルーエは腕を組んだ男から顔色を悟られまいとやや俯き加減になる。気恥ずかしさは今まで以上で、いかに自分がポンコツなのか自覚出来るほどだ。


2人は腕を組んで酒場通りを進み、1軒の店に入る。一流店とは言えないが、個室もあるそこそこの店。

個室に案内され、2人は対面で座った。

「何食べる?」

ルーエは少しだけ砕けた口調でアリールに尋ねる。

「ルーエさんにお任せします。」

「あら?好き嫌いは無いの?」

「はい。大抵のものなら食べられると思います。」

またこの笑顔。何度、自分を殺しに来るのだろう?その都度、ルーエはやられてしまうのだが。

ルーエは給仕が置いていったメニューの一覧で顔を隠しながら、品定めをする。

(ホントまるで純情な乙女みたい)

メニューもそっちのけで赤面を隠すルーエ。心臓の鼓動が相手に聞こえないか心配でたまらない。

なかなかメニューが決まらない。ルーエは給仕を呼んで、適当にお勧めを頼むことにした。



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