第15話 紋様のある剣

「凄い…。」

ルーエは息を飲んでアリールとその細身の剣を見つめる。長さは50cmくらいだろうか。紋様は切っ先まで続き、それは白波のように波打っている。刃は騎士剣に比べ薄く、簡単に折れてしまいそうにも見える。しかしながら、無骨な騎士剣とは違った美しさがある剣だった。

「兄ちゃんが探しているのはそういう剣か?」

ムドは太鼓腹をさすりながら、アリールに質す。真剣な眼差しのアリールは、まるで古代の魔術書を解読しているかのように紋様を見つめている。

「…はい。」

ムドは目の前の青年が少しだけ落胆したのを見逃さなかった。

「それじゃないみたいだな。」

「いえ、これでは無いのですが、こういう剣を探しています。」

「そうか…ならこっちはどうだ?」

ムドはもう1つの剣、先ほどのものよりも少し長い剣をアリールに差し出した。小剣とは言えない長さの剣であったが。

「こちらも抜いてみて良いですか?」

抜いた小剣を重厚な鞘に戻し、ムドに返す。ムドは黙って頷いた。

アリールはゆっくりともう1つの剣の方も鞘から抜いてみる。ルーエには紋様に違いがあるのかは分からなかったが、アリールの様子を見ていると人間の指紋のように刀の紋様は異なるようだ。

「…これはおいくらですか?」

アリールは真剣な眼差しで紋様を見つめながらムドに尋ねる。

「そっちは気に召したようだな。」

「はい。これでは無いかも知れませんが、これが一番良く似ています。」

何に?ルーエは声に出しかけて止める。アリールが余りにも真剣な表情をしているので、横槍が躊躇われた。

ムドはアリールの様子を腕組みしながら観察していたが、やがて

「持って行け。」

と、短く一言。奥の自分の工房に戻ろうとする。アリールの何らかの事情を察すれば無料で良し、剣にとっても金庫に仕舞われてるくらいならその方が良いだろう。それにその剣は自分で打ったものでは無いのだ。

「お、親方!駄目っすよ!」

ニャムが引き止める。ただでさえ気難しい自分の養父であるが、気前が良過ぎるきらいがあり決して生活が裕福な訳では無い。いくらかの御代を頂けなければ困窮する一方である。

ムドはニャムをちらりと見ただけで奥へと進んで行く。

ニャムはアリールに向き直って、すみません、幾ばくかでも構わないので…と申し訳無さそうに頭を下げる。生活がかかっているのだ。いくら親方がタダと言っても銀貨1枚は頂かないと、そう思っていた。

アリールはにこにこしながら、制服のポケットに入っていた硬貨を渡す。先程までの真剣な表情とはかわって、穏やかな微笑みである。

ニャムは硬貨を受け取って、うはっとまた変な声を上げてしまった。受け取った硬貨は金色をしていたのだ。いくらどっかの貴族のボンボンだとしても無料で良いと言った物に払う金額としては多すぎる。

ニャムは慌てて釣りの小銭を取りに店の奥に戻ろうとするが、アリールに止められた。

「良いから。親方に良い買い物が出来ました、ありがとうございましたと伝えてください。」

にこにこしながら、金貨を握り締めているニャムの手を両手で包むように握るアリール。

ニャムの顔が瞬く間に紅くなる。良く見れば貴族のボンボンとは違ったどことない気品と穏やかな笑顔が似合う顔立ち。荒くれな冒険者とは違った優しさがそこにはあった。

「え、あ、はい…ありがとうございます。」

最初に会った時の威勢が全く霧散しているニャム。真っ赤な顔をしながら、気恥ずかしさでやや俯いてしまった。

アリールはそっと手を離し、ルーエの方を見やる。目配せして店から離れようとした。

「…お兄さん、名前。」

離した手を掴まれた。ニャムは離れ難い気持ちで青年の手を強く握る。

「僕はアリール=ヴァイス。アリールで構わないよ。」

青年は自分の手を優しく握り返して名乗る。アリール…頭の中でニャムは反芻した。

「わ、わたし、ニャム=バシール!」

「ニャムさんか。うん、良い名前だね。」

アリールは変わらず優しい表情で自分を見つめながら言う。ニャムは心臓に何か刺さったような、そんな優しい痛みが走り抜けるのを感じていた。

「また、また来てくれる?」

「うん。もちろん。」

とびきりの笑顔。ニャムはきっとこの笑顔を忘れられはしないだろうと優しい痛みの中、確信していた。

「またね。」

次はいつ会えるのだろう?離し難かった手がいつの間にか離され、後ろ姿を見送るニャム。身体の中が何だか熱くなっている気がする。こんなに熱かったら今日は眠れないかも知れない、と幼い少女は考えていた。




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