第14話 親方

「親方〜お客さんだよ〜」

子供、ニャム=バシールが自分の親方を呼ぶ。

久しぶりの上客になりそうな学生。

帝国騎士団は専ら隣の店に行くから、学生の多くもそちらに行く。

それでも毎年何人かの学生服がうちの店に来たりもするが、金貨で買い物とはなかなかの上客と言える。


「どんなのが欲しいんだい?」

店の奥から、太鼓のような腹をさすりながら巨躯の髭が現れる。

親方ムド=バシール。

気難しい鍛冶屋の親方だが、情に厚く、孤児であるニャムを引き取って育てている。

野太い声でアリールに尋ねる。


「実戦でも使えるような、小剣を希望しています。」

アリールは表情を変えずににこにこしながら答える。

「兄ちゃんは剣士かい?制服ってことは騎士団の希望者かい?」

帝国大学を卒業すれば帝国騎士団は元より、名だたる貴族から声をかけられ、各家の騎士になる者が多い。

大学を卒業して冒険者になる者は一握りである。

堅苦しい騎士になるより自由を謳歌したいと願う者や大学を中退して冒険を夢見る者くらいであろう。安定よりは程遠いが。


「いえ。魔導師なのですが、刃に魔術を施して怪物と相対出来るようにしたいのです。」

真顔でアリールは答える。

魔導剣士は能力向上系の魔術や簡単な攻撃魔術を用いて、戦いを自分に有利になるような戦術を採るが、簡単なカウンタースペルによりバフを消されたり、正統な騎士や剣士に比べ剣技が劣ることもあってなり手が少ない。

杖に比べて剣は魔力増幅効果が小さいため、魔導師に比べ攻撃魔術の威力も低いのである。

アリールはその魔導剣士ではなく、武器である小剣に魔術を施したいという。

武器に魔術を施したところで魔術媒体の無い無機物では魔力が拡散して効果は無いだろう。

この青年はこのことを知らないのだろうか?


「兄ちゃん、武器に魔術を施すってのは…」

「ええ。魔力が拡散してしまう。」

「知ってるんじゃねぇか。」

「だから、探しているのです。片刃で波のような紋様のある小剣を…」

ルーエも初めて聞く話だった。通常の武器では2人が話していた通り魔力が拡散してしまうため、剣に魔術は乗らない。片刃で波のような紋様の剣…その類であれば魔術が剣に乗るのだろうか?


少なくともアリールは小剣で何らかの魔術を為そうとしているのだ。

ムドは眼光鋭くアリールを睨みつけるように見つめる。

「兄ちゃんは魔導師を目指してるんだろ?魔導師にしてはなかなかに鍛えているとは思うが、そんなヤツがそんなシロモノで何をしようって言うんで?」

確かに剣に魔術が乗るのであれば用兵の幅は広がるだろう。冒険者であれば強力な怪物と相対したとき命拾いするケースもあるかも知れない。

「解呪、でしょうか。」

アリールは真剣な表情で鍛冶屋の親方ムドに答える。

「……」

ムドは無言のまま、奥に引っ込んでいく。

「ちょ、親方〜どうしたんですか?」

慌ててニャムも親方の後ろを追いかける。取り残された格好になったアリールとルーエ。程なくムドが2本の剣を抱えて帰ってきた。


「お、親方、それは?」

ニャムが必死の形相で親方に尋ねる。

2本の剣はニャムも知らない親方の金庫から持ち出されたものだ。

ニャム自身も見たことが無い。

「こいつはどうだ?」

ムドはニャムに応えることなく、アリールに1本の剣を差し出した。

装飾も何もない重厚な鞘に収まっている剣。

騎士剣のようにも見える。

「これは…?」

「良いから抜いてみろ。」

重厚な鞘に独特の持ち手。騎士剣とは異なる作りになっている持ち手は今まで見たことの無い素材で出来ているようだ。

アリールはゆっくりと持ち手を左手に持ち、右手で少しずつ剣を抜く。スラリとした刀身には波のような紋様が見える。

ゆっくりゆっくりと剣を鞘から引き抜いていくアリール。刀身は思ったよりも短く、細い。鞘が重厚なのは、この刀身を守るためだと理解できた。

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