第9話 アリールのこと

「…次は…そこの黒髪。アリールと言ったな。」

「はい。アリール=ヴァイスです。よろしくお願いいたします。」

帝国では珍しい黒髪・黒瞳。いや、恐らくは帝国首都グリムワールにはこの者だけだろう。背は高からず低からず。ただ、鍛えているのは制服越しからも察することが出来た。 

「第一研究室のルーエ女史の遠縁だとか。噂は聞いているぞ。」

「はい。まだまだ若輩者ですので、よろしくご指導のほどお願いいたします。」

丁寧な口調だが卑屈さは無い。恐らく親から厳しく躾けられているのだろう。柔和であり優しい雰囲気を醸し出しているが、決して弱者ではない雰囲気を漂わせている。

「何やら不思議な術を遣うと聞いたが?」

レオナルドは先日、旧知の警備員から聞いた出来事、不思議な術で2人の警備員を眠りにつかせた件を暗に尋ねた。大学学長から箝口令を敷かれたこの事実は知っている者は少ない。 

「いえ、それは…うっかり当て身を強く当ててしまい…」

アラインからはスキルで眠らせたことは口外しないように強く言われている。そのことを尋ねられたら、そう答えるように言われていた。

「そうか。ならば格闘戦もいけそうだな。」

レオナルドは深掘りしなかった。恐らく本当のことは言いはすまい。人間社会で育てられていないのだから当たり前なのであるが、このアリールという青年の独特な雰囲気も気になっている。もちろんアリールが竜に育てられたとは想像も出来ないが。


アリールの後、残りの1人の自己紹介が終わり、昼休憩になった。アリールが教室から出ようとすると、ティルとサーズから同時に声がかかる。

「あ、あのさ~」

「ちょっと良いか?」

2人に声をかけられて、振り返る。ティルとサーズはお互いを見合いながら、アリールの元に近づいてくる。

「当て身で気絶させたって本当か?」

サーズがティルに構わず、話を切り出す。アリールはティルの方を窺ってから、サーズの方に向き直した。

「あ、その話、ボクも聞きたい!」

ティルも無邪気な笑顔になりながら、アリールの顔を見る。前衛職を目指す2人にとっては刺戟的な話だったのだろう。先ほどのレオナルドの話を細かく尋ねようとしている。

「…済まない。昼休憩になったら、第1研究室に行くように言われていて…」

アリールは申し訳無さそうに2人に頭を下げる。

「そっか〜ならまた今度でいいや!」

ティルが無邪気な笑顔のまま、手をヒラヒラさせて身を翻した。サーズは少し不満足な表情を浮かべ、ああ、と返す。余程、話をしたかったのだろう。眉間にしわを寄せて不満足な表情を隠していない。またの機会に、とアリールが穏やかに2人に言い残して第1研究室に向かった。

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