第10話 アラインの企み

アリールが第1研究室の扉をノックした時、研究室の主ルーエは学長アラインとアリールについて話をしていた。

「その後彼はどうだね?」

アラインが抽象的な表現でルーエに尋ねる。アラインにとってアリールは大切な研究対象であり、もしかしたらグリムワールにとって秘密兵器になるかも知れない人材であったから、ルーエにしろ、送りこんだ女中娘たちにしろ、アリールの手付けになってグリムワールに根付いてくれたら、という思いがある。ルーエは歳こそアリールよりも年長だが、魅力のある女性に違いない。ミシエルからは呆れられてはいたが、誰かが彼の子を身籠ってくれれば当初の目的は達成されたと言って良かった。

「自主的な鍛錬をしています。前衛職を目指しているのか?と思ってしまうほどです。」

ルーエはアラインの企みを知ってか知らずか、アリールが如何に家で鍛錬を積んでいるかを語る。自分の知らない“闇”属性の魔術を遣いながら、剣で訓練用ゴーレムを斬り伏せる。てっきりその戦闘スタイルから、魔導剣士を目指しているのかと思っていたが、アリール曰くそうではないらしい。詠唱速度を上げる訓練だと言っていた。

「ふむ。そうか…。…ところでルーエ女史。貴女も相応の年齢かと思うのだが、実家から縁談などの話は無いのかね?」

一瞬ルーエはぽかんとする。何食わぬ顔で茶を啜るアラインの話の意図が垣間見えた。この男は、間もなくやってくる年下の青年とはどうか?と尋ねているのである。虫も殺さぬような顔をしておきながら、アリールに充てがおうとしているのか。

「…今はありませんね。同居人も居ることですし。」

実家であるヴァイス家からもアリールとの同居を迫られ、皇帝陛下の弟君まで動員されて説得されたのを知っているだろうに。正直に言えば、魔術と結婚したとまで吹聴されるルーエである。魔術の研究対象としてのアリールは他に替え難い男であり、居心地も良い。男を全く知らない訳では無いルーエからすれば、この2ヶ月でアリールに抱かれても良いとさえ思ってはいるが、帝国の上役たちの企み通りに進むのは些かの抵抗を感じる。

だから、アラインの意図を感じ取ってもそれとなくスルーすることにした。

「ふむ。何なら私が縁談を準備しても良いのだが?」

「いえ、学長。今は研究が忙しく、結婚で家に収まるのは厳しいと思っておりますので…」

ルーエは澄ました顔で返答する。アラインにとってみれば、ルーエの縁談先など軽く準備出来るだろう。子爵とは言えヴァイス家のしかもそれなりの美人であるルーエならば年を経ていても引く手数多なのは間違いない。もちろん、本気で縁談を準備しようとは思っていないアラインはその否定を肯定的に受け取っていた。

「ふむ。そうか。お節介を言った。済まぬな。」

「いえ。時が来たらまた…」

考えてみます、と言いかけた時、研究室の扉がノックされた。

噂の彼、アリールが来たのである。

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