第11話 昼食
昼食名目でアリールを呼び出したアラインは、扉に向かって入室するように促す。
アリールは扉を開けてすぐの簡易な応接間にアラインとルーエが座っているのを見て、恭しく頭を下げる。頭を上げた時、アラインはルーエの隣を手で導くようにアリールに座るよう促した。
「遅くなりました。申し訳ありません。」
アリールは座りながら、アラインに向かって頭を下げる。ルーエはと言うと、やや顔を紅くして目を伏せている。
(ふむ。なんだかんだと言いながらルーエ女史は彼を意識してる様子。肝心の彼はそこまででは無いかも知れんがな。)
アラインは自分の企みがどの程度まで進捗しているか2人の様子を観察する。
「いや、こちらこそ済まないな。学長という閑職だと昼食を共にする相手も居らぬでな。」
笑いながらまじまじとアリールを見る。グリムワールでは珍しい黒髪・黒瞳。柔和で優しい風貌の中に強い意志を秘めた眼差しがある。自分の知らない闇魔術の遣い手。ミシエル老曰く竜に育てられた、古代アランストラ人の末裔の可能性が高いらしい。しかし、現代は滅びて居ないはずの古代アランストラ人、しかもアリール1人がどうやって生き延びて、なぜ竜に育てられたのか、不明な点ばかりである。
給仕が入って来る。
「簡単な食事で申し訳ないが、相伴してくれたまえ。」
「ありがとうございます。」
「いやなに、こちらこそだ。」
ルーエはやっと落ち着いたのか、顔色が戻ってテーブルに置かれた豪勢な昼食を見ている。
(さっき言われたせいで、意識しちゃってるじゃない…学長のバカ)
また少し顔を紅潮させてルーエはアリールを見る。何年も恋愛事から遠ざかっているルーエが、こんな気持ちになるのは久方ぶりだ。だからと言って、はしたなくアリールに迫ろうとは思ってはいないのだが、目の前の男は知ってか知らずか程良い距離感を保っている。
(女を知らないってこともあるよね…)
普段の自分なら決してしないだろう下衆の勘繰りも頭を過る。
(いざとなったら、私がリードしないと…)
そこまで考えて、頭をブンブン振る。
「ルーエ女史。どうかしたかね?」
学長のバカがスプーンを止めてルーエに問いかける。2人の視線を感じるルーエ。
「な、なんでもありません。」
慌てて料理に相対するルーエ。
「早く食べないとせっかくの料理が冷めてしまうぞ?」
アラインが優しく、のぼせ上がったザンネン女史に声をかける。以前は落ち着いた妖艶ささえも見せていた帝国が誇る第1研究室室長が恋愛の1つでこうもポンコツになるとは…
(まぁこれが彼女本来の素であるのだろう。)
20代で第1研究室室長になるには、天性の能力だけでなく相当な努力が必要だったろう。他人よりも魔力量が桁違いだったのもあるが、実力主義の帝国大学に置いて群を抜く研究量と実績。神聖魔法と風魔術を融合した「魔法障壁」は怪物退治や東部の紛争でもかなり役立っている。その美貌とも相まって、26歳になるまで連日のように求婚を申し出る男が途切れる日はなかったのだが。18歳の時の失恋がずっと尾を引いているのだろう。
(さてさて、女中娘たちも手付きになっていないことを考えてみても、またその内に策を弄さねばなるまいて。)
アリールを手中にする企み。なんとしてでもグリムワール帝国に帰順させる必要があった。
ルーエにとって落ち着かない昼食が終わり、アラインとアリールが談笑している。入学式のある今日の午後は座学のみとなっており、終わるのも早い。昼休憩はやや長めに取られており、まだまだ座学の時間までは十分ある。
(彼、今日は早く終わるのよね…2人で買い物とかどうかしら…)
アラインに焚き付けられたせいか、何となくアリールとの距離感を少し近づけたくなったのか、ルーエは夕刻からの予定を考えていた。
「良いんじゃないか?」
アラインが微笑みながらルーエに賛同する。
「えっ?あ、何がですか??」
ルーエは慌ててアラインの方に向く。
「いや、アリール君と買い物に行くんだろう?生活必需品は届けさせているから、アリール君とデートがてら街に出てみると良い。」
アラインは満面の笑みだ。もしかして、口に出して言ってたのだろうか。
「え?いや、はは…」
「アリール君どうだね?ルーエ女史とたまには街に出かけてみるというのは?」
「はい。お気遣いありがとうございます。」
「なら決まりだ。ルーエ女史、今日は早めに仕事を切り上げれば良かろう。今日は御身の講義も無いから、早く帰れるように取り計ろう。」
「え?いえ、別に、その…」
顔を再び紅くしながら、モゴモゴと口籠るルーエ。気恥ずかしさで耳まで紅くなるのが自覚出来る。まさか考えていたことを口に出していたとは当の本人も思ってもいない。
(どうかしちゃってる私。)
自己嫌悪と気恥ずかしさで顔を上げることが出来ないでいるルーエ。そうこうしているうちに昼食時間が終わりを告げた。
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