第12話 夕刻の教室

座学が終わり、サーズはアリールの元に駆け寄る。


「昼の話なんだが、当て身で昏倒させるのはそんなに簡単なのか?」

興味をよほど強く引いたのだろう。昼の話を食い下がっている。


「当て身というか、人間の脳は頭部に強い衝撃を与えると、頭蓋に当たって失神することがあるんだ」

アリールはやや砕けた言葉遣いでサーズに返答する。


「ほう。それはそんなに簡単に出来るものなのか?」

サーズはさらに興味深そうに尋ねる。

自分の家の領地は未だに王国との小競り合いがある地域にある。

いざとなれば、自分も戦に駆り出されてしまうだろう。

今は有用な術やスキルを多く得たいと思っている。


「少しだけコツが必要なんだ…ただ、何度も脳に強い衝撃を与えると、後遺症の心配があるから、余程の場合でないと他人相手には使えない。」

「そうか…実践して欲しかったのだが。」

「誰が相手でも余程のことが無ければさすがに。」

「ふむ。それは残念だ。」

「なになに~何の話~?」


ティルが横から顔を突っ込んでくる。

「いや、昼の話。当て身で失神させる話さ。」

アリールはティルに説明する。

ティルも聞きたがっていただろうに、座学終了時に神殿娘アリサに絡んでいた。

「あ、そっかぁ~その話か~」

ティルは調子も変わらず能天気な返事をする。


「ね、ね、誰か良い人いた?」

満面の笑みでティルが尋ねてくる。

「良い人って何だ?」

サーズが眉間に皺を寄せて尋ね返す。

「またまた~。折角の学園暮らしだし、青春の1ページってあるじゃない?」

「何だその青春の1ページとやらは?」

サーズは呆れた顔になる。

意味は分かるのだが、緊張感が無さすぎだろう。ましてやオレたちは今日出会ったんだが?

「2人ともこの娘良いなぁ~とか無かったのん?」

ティルは無邪気な顔でサーズとアリールの顔を覗き込む。

こいつは何しに帝国大学くんだりまで来ているのか?


「ラーマルクの砂狐といえば、砂漠大虫サンドワームの退治でオレの故郷でも名を聞くほどだったが、こんな能天気なヤツだったとは…」

サーズが嘆くようにティルに言う。

「アリール君はどの娘が良かった~?」


ティルの矛先がアリールになる。

座学の時もそうだが、事あるごとにティルはアリールに絡んでいる気がする。

「ああ、いや、皆良さそうな人ばかりで…」

「いやいやいや、そうじゃなくって。誰か可愛いな~とか美人だな~とかって話。」

「皆可愛かったし、美人だと思ったかな。」

アリールははにかんだ表情をしながらティルに返答する。


「じゃあさ、ボクとかは?」

背格好が標準より低いティルはアリールの顔の真近に顔を持って行って聞く。

「可愛いと思ったよ。」

「そう?お世辞じゃなく?」

「ああ。」

銀髪のショートカットで背は150くらい。

背が低い割に肉感的で健康的な美少女という感のティルはそれなりにモテるだろう。

ややバランスの欠いた肉体だが、その割に足が速い。

「ふーん…そっかぁ。ありがと。」

「どういたしまして。」

笑顔で応ずるアリール。

この後、神殿前の噴水でルーエと待ち合わせをしていることを思い出した。


「じゃ、そろそろ僕は約束があるからこれで。」

アリールは身支度して荷物を背負う。

「まったね~」

「おう。」

ティルとサーズが同時に返事する。

アリールが教室を出ていくとき、サーズはいいのか?という表情をティルに向けた。

「あれは絶対デートだろ。」

サーズはティルの表情を読み取りながら、ティルに向かって言う。

「オレたち、今日初めて会ったばっかだっていうのに。」

「そだねぇ~でも、しょうがないじゃん。」

一目惚れしちゃったんだから。

それは言葉にはならなかった。

その代わりに、何となく心臓がどきどきして止まらないような、そんな心持ちで居た。


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