第5話 老魔導師と学長の興味

「はっはっは。なかなかのものじゃの。」

老齢の大魔導士が笑いながら、口を開く。

「大した小僧だ。儂の背後にあるモノを看破しおったわ。」

ミシエルの背後にある『瑠璃色の水鏡』

アリールはその影響に気づいていた。

ミシエルの瞳がギラリとアリールを見る。

「長生きするものじゃの。こんな奴と出会うことになろうとはの。」

ミシエルはアリールを半ば睨みつけながら、質問する。

「おぬし…人間じゃの?」

「はい。」

「…しかし、親は人間ではなかろう?」

「…はい。」

アリールの返答に驚くアラインとルーエ。目の前の青年は人間では無い何かと一緒に暮らしていたのである。

大迷宮の奥に住まう者。

ミシエルには心当たりがあるのだろうか?

人間ではない者が人間を育てる?どういうことなのか。

「済まぬが、親と会話するときの言語で話をしてみてくれぬか?」

「分かりました。聞き取りにくかったらすみません。」

アリールは返答するや否や、凄い勢いで発声を始める。

アリールの声はアラインもルーエもその言葉は聞き取ることが出来ず、まるで外国の歌のような彼の言葉を黙って聞いている。

「ありがとう、アリール君。」

「いえ。」

「そうか…済まないことをしたな。君たちには。」

ミシエルは深々と頭を下げる。

この老齢の御大はアリールの正体を知っているのだろうか。

先ほどのアリールの歌のような言葉に何かあったのだろうか。

アラインとルーエは2人のやり取りに呆気に取られている。

ミシエル御大は納得したようだが、取り残された2人は意味が分からない。

「ミシエル様。先ほどのアリール君の言葉は一体…?」

呆気に取られていたルーエが口を開く。

「アリール君。君の素性を事細かに説明することになるかも知れないが構わないだろうか?」

ミシエルはアリールに優しい微笑を浮かべながら聞いた。

「構いません。」

「ルーエ女史。聞きたいことがあれば、アリール君に聞いて欲しいんじゃがの。」

「あ、あの、さっきの言葉は一体…?」

「あれは、僕の親の言語です。昔使われていた古い言語だと聞いています。」

「古代アランストラ語じゃの。古代の文献の中に幾つか出てくる。」

「えっと、何であなたはそんな言語を…親御さんって一体…?」

ルーエは少し混乱しながら質問する。古代語は文献では見たことがあるが、もちろん聞いたことなどない。この青年はそれを用いて会話したのだ。親とは一体何者なのか?

「…竜の一族と聞いています。」

「え、りゅ、竜?」

「はい。」

「そうか…君は竜に育てられた人間なのじゃな。」

「その通りです。」

ミシエルは深々と目を瞑りながら、少考する。

竜。太古のアランストラ大陸の覇者であり、守護者。

何年も生きた竜は人間を超える知性を持つとされ、今もこの大陸のどこかで細々と暮らしていると聞く。

ただ、見た者は当然居ないため、半ば御伽噺になっている部分もある。


「君の親の名は、『レイア』という名前ではないのかね?」

ミシエルが静かに口を開いてアリールに尋ねる。この老魔導師は絶対に何かを知っているように思えた。

アリールは初めて驚いた顔で反応する。恐らく事実なのだろう。

「…はい。」

「…誠か。」

この御大は何を知っているのだろう。

アラインは尊敬すべき老魔導師を横顔をちらりと見る。

老魔導師は驚きの顔を見せながら嘆息した。


「えっと、まだ質問大丈夫かしら?」

ルーエが恐る恐るという様子でアリールに聞く。

「大丈夫です。」

「『大災害』って具体的には?何か良くないことが起きるのは間違いないんでしょうけど。」

「僕も詳しくは分からないんです。母さんからは、『何が起きるかは分からないけれども、その時までに力をつけておきなさい』と言われています。」

「で、どうしてグリムワール帝国大学だったのかしら?」

「この大学には賢者が居て、大災害に備えるための知識があるそうです。」

「さっき、竜の一族に育てられたって言ってたわよね。他にも人間は居るのかしら?」

「いえ。人間は僕だけで、母さんと妹、僕の3人で暮らしていました。」

「妹?妹さんは竜なの?」

「…はい。」


ルーエは身震いした。水鏡は何の反応もしていない。

目の前の青年は今まで聞いたことも無いような内容を嘘偽り無く答え続けている。

全て本当の話なのである。

「アライン殿。」

不意にミシエルが口を開く。

「はい。」

「そろそろ良いじゃろう?アリール君の身元保証人は儂がなろう。アリール君、それで良いだろうか?」

「ありがとうございます。ご迷惑ではないのでしょうか?」

「良い良い。本当に長生きしてみるものじゃわ。こんな面白そうな話、初めてじゃわい。」

御大は満足そうに笑う。

少なくともこの老人はアリールと彼の出自について何か知っている。

それが何なのか検討もつかないが、少なくとも目の前の青年は敵では無いのは確かなんだろうとアラインは1人納得する。

(ルーエ女史には申し訳ないだろうが。)

1人置いてけぼりを食らった妙齢の女性は、終始混乱した様子で目を宙に泳がせている。

(御大の話が本物であるなら、この行き遅れの娘に繋ぎ止めて貰わねばならぬかも知れん。)

微笑みを浮かべながら、アラインはルーエを見る。魔術と結婚したこの男っ気の無い美人娘にアリールを充てがうのはこの娘にとっては不本意かも知れないが、帝国のために頑張って欲しいものだ。

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