第2話 理由

グリムワール迷宮。

20年前に発見された、いわゆるダンジョン。

何人もの冒険者が連日のようにこの大迷宮に訪れ、秘宝やアイテム、財宝などの恩恵を受けている。

もちろん、運悪く実力不足であれば迷宮に巣食う怪物どもの餌食になってしまうだろう。まだ他国に比べ小国であるグリムワール帝国が他国に蹂躙されずに済んでいるのは、この迷宮の様々な恩恵のおかげとも言えた。


「迷宮の、奥…??」

「はい。親は迷宮の奥にいて、地上に出ることが出来ません。」

理解が追い付かない。

迷宮はそれこそ、人間に必要な物資が欠乏し、ベテランの冒険者グループでも1週間も居られはしない。

だからという訳ではないが、迷宮受付を行って1週間経っても戻らなければ迷宮内での事故死として扱われている。


「ちょっと待って。そこに住んでいるってどういう…?」

ルーエは混乱しながら、青年をじっと見る。

もしかして人間ではない何等かの生物なのだろうか。

「…はい。僕は親に拾われて、親と一緒に迷宮の奥で暮らしていたのですが、ある日親から、このままではアランストラ大陸が大災害に見舞われてしまう、大災害に備えるために大学で学んでくるように言われたのです。」

青年は真剣な眼差しでルーエを見る。言葉に嘘は無さそうだが、無条件で信じる訳にはいかない。

混乱しながらもルーエは少考する。

目の前の青年は、迷宮の奥から大災害を起こさぬためにこのグリムワール帝国大学に入学したいと言ってこの地に来たとのこと。

荒唐無稽な言だが、嘘偽りが無い様子なのも引っかかる。


「…学長に話をしてみるわね。あなた、今日はどこに泊まっているのかしら?」

「宿はありません。迷宮から出て、まっすぐここに来たものですから。」

「そう。ならこれで、大学前の冒険者宿に泊まりなさい。」

ルーエは何枚かの銀貨を取り出して渡す。

数枚もあれば、数日は寝泊り出来るだろう。

「いえ、僕はどこでも寝れますから大丈夫です。」

「それだと私が困るのよ。あなたに連絡つかないと、ね。」

「分かりました。」

「とりあえず、この大学の学長、アライン=メーナスに話を通してみるけど、あなたの望むことになるとは限らないからね。」

「…はい。」

「だからと言って素性の分からない、未知のスキル持ちのあなたを他国に行かせる訳にも行かないから、とりあえず結論が出るまで連絡を待っていて欲しい。」

「分かりました。」

「宿が決まったら、連絡して。ええと…」

「アリールです。」

「そう、アリール君ね。ちなみに何歳なのかしら?」

一応、大学の入学は規定的には無制限であるが、満18~20歳の子弟が多い。

見た感じ同じくらいだと思うのだが、と、少し冷静になったルーエはこの青年に興味を抱き始めた。

「分かりません。親から年齢を教えてもらったことがないものですから。」

迷宮の奥に住むような親だ。

非常識なのは当然なのかもしれないが、年齢くらいは子どもに教えるべきだろう。

それが人間の親ならば、とルーエは冷静になりながら、目の前の少し得体の知れない青年を見る。

顔立ちも決して悪くなく、優しそうな双眸に不思議な雰囲気の青年。

恰好はみすぼらしいが不可思議な術を使うこの青年を少し観察したくなっている。


「じゃ、あなたは宿が決まったら連絡を必ずしてね。宿の主人にグリムワール帝国大学の第1研究室に連絡したい、と言えば大丈夫だから。」

「分かりました。」

「大学門まで案内するわね。また、警備員を眠らせたりしたら大事だから。」

心の余裕が出来たルーエは少し悪戯っぽく微笑みを浮かべて青年を見る。少し照れた様子の青年を見ながら、この後起きる数奇な出来事を想像出来ないで居る。

過日、この青年への浅ましい恋慕に支配されるとも知らずに。


※銀貨1枚は約5000円 銀貨20枚=金貨1枚(両替手数料を除く)

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