第2話

 夕食を食べていた。味はほぼない。理由は単純である。

「考え事、してるでしょ」

 私の正面に座っている妻がお味噌汁を左手に、お箸を右手に持ちながら私を見つめている。若干、睨んでいると言っても良い。

「考え事、していたね。間違いなく」

「ご飯を食べる時間なんだけど」

「それは知ってる」

「知ってるだけじゃ駄目なんだけど」

「だから、知ってるとしか言わなかった」

「そういうところを言ってるの」

 私は、AIの研究をしている。

 厳密に言えばAIに小説を作らせるという研究だ。正直な話、なんの役にも立たない研究であると思う。誰かの命を救うわけでもなく、人類の生活を一変させるような発明に繋がることもないだろう。もちろん予算のために、言葉をこねくり回していかに素晴らしいかと語り続けることはできる。だが、どれだけ無駄で無意味かも、とうとうと語ることができる。

 こういう話をすると、この世のすべての研究者というものは純粋で、その研究内容を愛していて、そこに小宇宙や神を感じていて、ほんの少しの閃きから涙を流すことがある人種である、と思いたがるバカが出てくる。

 研究者という立場からすれば、非常に有難い偏見を持ち合わせていて、頭が下がる思いではある。しかし、よくよく考えてみれば、理解できないものをとりあえず崇高だと言っておけば恥をかかなくて済むという、投げやりな思考が透けて見える。

 そのため、頭に浮かぶ言葉は単純である。

 鬱陶しいから絡んでくるな、死ねクソボケ。

 ある程度の給料があるし、別に立場も悪くないからなんとなくやっている研究者なんて腐るほどいる。ちなみに、私は、ほんの少しばかり腐っている。期待をしてはいけない。

「ねぇ、また研究のことを考えてたんでしょ」

「そう」

 ただ、なんとなくやっている研究だったとしても、頭にこびりついてしまうことは多々ある。ほんの少しでも、気になるところがあれば、指を入れてみたくなる。入れた指を抜いてみたくなる。取り出した指の先についたものを見たくなる。この繰り返しである。

「なんで、AIが小説を書けるの」

「付き合い始めた時も聞いてきたね」

「だめなの」

「ううん、凄く簡単に話すよ」

「うん」

「昔はほぼコピペみたいなことをしたり、五割以上を人間が書いてたんだ」

「だめじゃん」

「そう、その通り、必要な初期値が多かったと言えるね。でも、今は違う。まず、文章の構造を理解させた。その上で、言葉同士の結びつきの強さを幾つかのランクに分けたんだ。一つのランキングにおける順位が細かいだけじゃない、ランキングの種類も桁外れに多い。もちろん、幾つかのグループには分けたけど、このグループ分けが緻密になればなるほど、自然になる」

「じゃあ、めっちゃ頑張って一番細かいグループにすればいいじゃない」

「最も細かいグループとは、複数じゃなくて単数なんだ。そこまではできない」

「そういうことじゃなくて、自然になる最低限の細かさでいいじゃん」

「つまり、その話をしているんだよ。人間が処理できない量を精査することは簡単なんだ。でも、人間が説明できないことはAIにも説明できないんだ。じゃあ、たとえば自然って何」

「普通のこと」

「それを宇宙人にどう説明するの」

「えぇと、つまり、宇宙人がAIって言いたいの」

「そう。宇宙人は、私たちの普通も自然も知らない。だから、説明が必要になる。でも、それは私たちが長い時間をかけてなんとなく築き上げたものだ。物理法則にも絶対不変の真理にも則っていない。しかし、強固で高貴なる平仮名五文字で支えられている」

「それが、なんとなく」

「AIは、なんとなくをなんとなく理解してくれない」

「AIってそういうものも、なんとなく理解してくれるから人工知能って呼ばれてるんじゃないの」

 AIが人工知能と呼ばれている理由は、単純に和訳したからであって、なんとなく物事を理解できるからではない。

 と、口から出そうになったがやめた。

 正論だが、楽しい会話にはならなそうだ。

「人工知能は結局のところ論理の集合体だよ。その、なんとなくを実はなんとなくじゃなくて論理で固めて作るんだ。つまり、仮に僕たちの望むようなものが出てきたとしても、それは僕たちの想像する、なんとなくからほど遠い理屈の果てから生まれ出てきたものだから、自然とは言えない」

「でも、同じなら別にいいじゃん。それに、人間同士だってアプローチが違うことって普通なんじゃないの」

「そうなんだよ。そう、その通りなんだ。こうなってくると、どこに、正しさを持って来るかを議論しなければならなくなる。もちろん、AIに手を出す以上、目を瞑ってしまったほうがいいし、瞑るべきだとも言える。でも、そのなんとなくにこだわるなら、今現在の研究は根本からずれたところで行われていると言える」

「考えすぎじゃない」

「それも正しい。僕たちが触れている知能や思考、普通や自然というものは、僕たちが考えた程度で解明できるようなレベルにはいないんだ」

「そうなの」

「うん、それは研究をしていると段々と分かるようになってくるんだ。こうなってくると何を無視するのかを決める方が重要になる。でも当然、無視した要素が解明されることはない。そして、解明できていないことを説明することもできないから、宇宙人にもAIにも教えられない。つまり、僕の仕事は、それっぽいものを作ることなんだ。思考を停止した人たちが、本物だと言い切ってしまうような偽物を作るのが仕事なんだよ」

「気付いた人が、騙されたって怒るかもよ」

「その時には、では、横で聞いておりますので本物と偽物の違いをAIに説明してあげてください、と言うよ」

 僕は目の前の肉じゃがを摘まみ、ゆっくりと咀嚼する。少し甘めの味付けが最初は苦手だったが、今はこの味でなければ納得できない体になってしまった。その左には僕が作ったキャベツともやしの塩だれ炒めがある。もう半分以上なくなっており、そのほとんどは妻が食べている。

「ところでさ、あんたが作ったAIが書いた小説って、理屈っぽくて性格の悪い内容になりそうだよね」

 生み出した人間の性格にAIが似たら、それはもはや親と子の関係に近いということになる。面白い視点だ。言われた瞬間はそう思ったが、冷静になると妻も私も、私が理屈っぽくて性格が悪いと共通の常識を持っていることに気が付いた。

 ううむ。言い返せない。

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