リリエルとお邪魔虫(2)
リランティラの国軍ビルをあとにしたリリエルは着替えて待ち合わせ場所へ。トップスはハイネックのニットにボトムスはミニスカート、少し肌寒いくらいの気候なので薄手の膝丈ロングコートを羽織っている。
「ここー!」
ジュネはフード付きのスウェットにカーゴパンツ、アウターにダウンジャケット。ゼレイは厚手のふわふわニットをトップスにして、下はスキニーで締めている。アウターは羽織らないという活動的な感じで決めていた。
「うん、まあ合格点」
腰に手を当てニンマリ笑う。
「勘弁してくれなきゃ困るよ。ぼくはこういうの苦手なんだから」
「そうね。出掛ける前に選んでおいてあげるべきだった」
「エル様、うちは、うちは?」
いかにも見ろと言わんばかりに自己主張する。
「いいんじゃない。それなら身体の線は出ないものね」
「な! そりゃ、エル様ほどいい感じじゃないですけど!」
「努力の賜物よ」
程よい膨らみがニットを押しあげているので陰影の出具合は申し分ないだろう。想い人が自慢できる感じになっているはず。
「ここからは一般人の振りで通すの。限界はあるけど」
「見る人見たら一発だよ」
どうしても
「さ、行きましょ」
「漁ったんだけど、これといった名産品がなくてそこそこのレストランしか予約できなかったよ」
青年は肩をすくめている。
「人流ハブとして栄えてるとこだもんね。観光資源を求めれば都市をかなり離れることになるから無理」
「なにがあるかわかんないですもん」
「ハズレ引かないことを祈りましょ」
リリエルがジュネと腕を組むとゼレイはムッとして左肩にしがみつく。非常に動きづらい。
「邪魔。せめてあっちの腕になさい」
彼の右腕を示す。
「絶対に嫌です!」
「ずいぶんと譲歩したつもりなんだけど?」
「居候が両手に花なんて許されません」
妙な理屈をこねてくる。
「面倒な子ね。ほら」
「わーい」
コートの裾をひらひらさせると掴んできた。どこか繋がっていれば満足な様子である。
(以前に比べたらマシになってきたかしら)
彼女はゼレイがやってきた頃を思いだす。
リリエルとジュネの間をとにかく邪魔をしなければ気がすまない感じ。話していれば割って入る。テーブルで向かい合っていれば頭を突っ込んでくる。腕を組もうものなら無理やり引き剥がそうと必死だった。
歯を剥いて彼を攻撃しようとすることさえあった。適当にあしらわれて終わるのであまり叱らなかったが、相手がジュネでなかったら厄介なことになっていただろう。
「なんです?」
ジッと見ていたらキョトン顔になる。
「思いだしてたの、あんたがレイクロラナンに来た頃のこと」
「二年前?」
「そう。全力でジュネに噛みついてたじゃない」
身体も今ほど大きくなっていなかった。
「だって、いきなりエル様の隣に男がいるんですもん。悪い虫は追い払わないといけないじゃないですか」
「エイドラ内戦前に帰ったときは二人で会っただけだったもんね。あの頃はもう彼と一緒だったけど」
「あとから聞いてびっくりしましたよ」
リューンがジュネを気に入って放さなかったのだ。祖父の趣味はわからないところがある。周りに集まってくるのは血気盛んな若者が多いのに、彼自身はガルドワのホワイトナイトなどといった温厚そうな人物を好むきらいがあった。
「剣王孫と聞いて近づいてくるのなんて、ろくなのがいません」
彼が地位を狙っていると勘違いしていた。
「星間銀河圏じゃ名前は売れてないって。敬われるのはゴート宙区でだけよ」
「そっちは興味ないってすぐにわかりましたけど、それはそれで面白くないじゃないですか」
「どっちなのよ」
複雑な心境である。
ゼレイ・ディンギルは生まれも育ちも機動要塞バンデンブルグ。親の代からの生粋のブラッドバウメンバーである。次世代には他国への移民も斡旋していたが、残留志願の多数派の一人だった。
「
他の宙区に比べて圧倒的に人の出入りが少ないらしい。
「仕方ないよ。あそこは歴史の所為もあってか、妙に形が決まってるとこがあるって感じたね。自分たちで事足りてるし安定してるから目を向ける必要がなさそう」
「星間銀河の人はあたしたちに興味津々みたいだけど」
「ここの人たちみたいにさ」
全体的には、ようやく落ち着いてきたイメージ。
「不幸な遭遇にならないようマチュアたちの計らいがあったらしいけど、そうじゃなければ交わる必要性はなかったのかもしれないね」
「無理よ。位置的に外縁近くの辺境だといっても百近い惑星系がある宙域だもん」
「戦争になったら、何十年何百年ってことになってただろうね」
文化と技術の違いが状況を悪化させていたと考えられる。最初が星間管理局との交渉から入ったから丸く収まっただけで、もしどこかの国が攻め入ってきていたら壊滅させていただろう。そうなれば管理局も加盟国の保護に動くしかなくなる。泥沼の戦争の始まりだ。
「上手な距離感。それが必要なの」
リリエルがこの八年間で学んだもの。
「それを作りだすのにエル様はこの居候とも付き合おうとしてるんですか?」
「そ、そうよ。ブラッドバウの次期総帥としてしなければならないこと。星間管理局と縁をつなげるための橋渡しとしてすべきことでもあるの」
「さすがエル様です」
ジュネはくすくすと笑っている。
「なによ!」
「申し訳ないから、君との距離感もそれなりに取らないといけないかなと思ってさ」
「駄目よ! それじゃ一緒にいる意味ないじゃない」
左腕を更に強く抱きしめる。放さないという意思表示をしなければ彼は本当にどこかへ行ってしまいそうで不安なのだ。
(理念だけで生きてるような人なんだもん。もうちょっと俗っぽくなってくれないと困る。淡白すぎるし)
不安はもちろん不満も多い。
自らを定めて生きているがゆえに浮世離れしていると感じている。しっかりと捕まえておかないと、使命のままに飛んでいてしまいそうで怖さがあった。
「っと、ここだね」
ジュネが顔を向ける。
「思ったより高級そう。もっとフォーマルに決めておくべきだったかしら」
「小僧扱いされそうです」
「誰が小僧よ!」
入店前から食ってかかる。
「
「余計に敬遠されるよ」
「できるもんならしてみなさい」
「かかってきなさい!」
「いらっしゃいませ」
拍子抜けするくらい歓待される。考えてみれば当然だ。ジュネが星間管理局籍の個人コードで予約している。滅多な対応ができるはずもない。
「めちゃくちゃ美味しいですよ!」
「くぅ、
マナーのぎりぎり限界に挑むがごとく詰め込む。
「別に時間枠ないんだから味わって食べなよ」
「十分味わってるから任せて」
「うちの舌の処理能力を嘗めるなぁ!」
勢いは止まらない。
「うん……。まあ、喜んでもらえてるならなによりだね」
「はっ!」
(食べ歩きじゃなくてデートだった!)
我に返る。
「あ、あーん?」
切り分けた料理を差しだす。
「それはちょっと違うかな?」
「いただきます!」
「こら、ゼル!」
横からかっさらわれた。
(うう、やっぱりこのお邪魔虫がいるとデートになんない)
自らの行いは棚に上げるリリエルであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます