リリエルとお邪魔虫(1)

 相手は困惑を隠せない様子。さもありなん、歴戦の古強者が出てくるかと思いきや、握手の手を差しだしたのが二十歳にも満たない小娘であったとなれば対応にも困ろう。


「リリエル・バレル。ブラッドバウの戦闘艦レイクロラナンを預かってます」

 さまよわせた手をどうにかリリエルへと向ける。

「リランティラ国軍艦隊司令のパガンダ・セグマトーだ。よろしく」

「ええ、よろしく。ご招待ありがとう」


 一度タッターに握手を求めようとしたが、彼が副官だと名乗ってリリエルを示したので方向転換。挨拶は最大限の自制の賜物だろう。


「言っておきますが、ここで契約を断ったとしてもキャンセル料はいただきます。そのつもりで」

 幻滅したであろうパガンダに告げる。

「いや、失礼。貴殿を侮っているのではないが、いささか面食らったのは勘弁してくれたまえ」

「結構。出向いた以上、あたしも仕事はしたいので」

「無論だ。参加者プロフィールは確認させてもらいたいが」


 示されたソファーに腰掛けると、コンソールスティックを立ちあげる。参加パイロットのリストを出すと、スワイプして艦隊司令のコンソールへと送った。


「全体に若いのは活きがいいと受けとってもらえるかしら?」

 見込みがある若年層を揃えている。

「気にはならん。我が軍もアームドスキンに適応するパイロットには飲み込みの早い若い連中が多いのでね」

「どこも事情は同じでしょう。投資してでも鍛えたいのはこれからの世代」

「確かに」


 ふるい分けるのにも、とは言わない。難しい環境に放り込んでこそ本当の適性が見えてくると思っているのも同じはず。


「ほう?」

「ええ、あたしもパイロットとして参加します。どっちかといえば、そちらが本領」


 視線一つでリストの中に彼女の名前を見つけたのを読む。薄く笑って「お手柔らかに」と告げた。


「戦闘協約ボードに無い機体が混じっているが?」

 参謀役らしき男が耳打ちしている。

「デュミエルはまだ商品化してないアームドスキン。ご期待に添えるかしら?」

「かまわないのかね?」

「運用は開始してます。うちの規則で最新鋭機は販売しないことになってるの。見せるだけは問題なし」

 製品化はされていると教える。

「あたしの専用機のゼキュランと同じで」

「手札を隠さないでくれるのを感謝すべきだろうね」

「ええ、手加減無用です」


(本物の切り札は露骨に見せたりしないけど)

 すまし顔で応じる。


 リストにこっそりジュネの名前も入れている。まさか、とんでもない手札がそこにひそんでいるとは思うまい。


(まあ、本人が出る気になればの話だけど)

 特にお願いしてはいない。


「予定どおりお願いしよう」

 若輩相手のほうが好都合と判断したらしい。

「こちらの参加戦力も渡しておく。もちろん、一度に全てを相手にしてくれとは言わない。順次、広く経験を積んでほしいと願っているだけだ」

「いいでしょう」

演習宙域げんちに着くまでにミッションパターンは決定して伝える。それを確認してくれたまえ」


 最初からシナリオありの演習ではないと告げられる。こちらの出方をうかがってからと考えていたようだ。油断ならない。


(やっぱり、ただの的とは思ってないみたいね)

 思惑は予想から大きく外れていない様子。


「リストの戦闘艦ガイフルナクトは特務艦だよ。それが本命みたいだね」

「……!」


 σシグマ・ルーンからジュネの声。打ち合わせの様子をモニターしながら探っていたらしい。ありがたい忠告だ。


「参加は全八隻。承知しました」

「お願いする。私も同行して直接指揮を執らせてもらう。お互いに健闘を」

「はい、お願いします」


 秘書官代わりに連れていたヴィエンタが電子契約書を交わす。双方がサインして契約が成立した。


「成長しやしたね、お嬢。あっしの出る幕はございやせんでした」

 退室してからタッターが言ってくる。

「場数こなせば慣れてもくるから。それより……」

「なんでやすか?」

「ジュネが教えてくれた」

 リフトカーの車内に収まってから口を開く。

「特務艦が混じってる」

「本当ですか、お嬢? よくもまあ健闘をとか言ってくれて」

「いきり立たないの、ヴィー。それは演習まで取っといて。どこで切ってくるか見ものよね」


 事前にわかっていればやりようはある。ミッションパターンによって戦力配分に手を加えればいい。


「ありがと、ジュネ」

 通信パネルを投影させる。

「いいよ。どう出るかと思ってたけど、案外露骨だからぼくも混じろうかな?」

「露骨とは言わないの。本当ならガイフルナクトが特務艦なのは機密中の機密のはずなんだから。あなただから探り当てられたんでしょ」

「どのうち動き見てたらわかったと思うけどね」

 それが手札を切れないタイミングでは意味がない。

「その気になったらお願いね。でも、今から行く買い物には強制参加よ」

「うん、約束だからね。どこかで合流し……」

「はいはーい! うちも行きまーす!」


 画角に異物が混入した。その異物は元気に手を挙げてアピールしている。


「ジュネ、どこで話してるの?」

 頬がヒクヒクする。

「トリオントライの整備コンソール。ひと通り確認してるとこだったから」

「今度からは自室でやってちょうだい。そのために機材と部屋を調達してあるんだから」

「変わらないと思うんだけどさ。君は振り切る自信があったのかい?」

 彼は苦笑を浮かべている。

「そのつもりだったけど?」

「せっかくの上陸休暇を追いかけっこに終始するのは建設的ではないと思うんだけど、ぼくの勘違いだったか」

「ええ、盛大な勘違いよ」


(こういうとこだけ察しが悪いんだから!)

 歯がゆい思いをさせられる。


「ゼル?」

「止めても無駄です。もう人質は確保してるんですから」

 ゼレイの腕はジュネの首をがっしりとロックしている。

「……目立たない格好をしてきなさい」

「いいんですね? やほー!」

「ジュネもよ」


 それ以上密着させておくのが業腹だった。それにバレてしまった以上はもう誤魔化しは効かないだろう。


「残念でやんすね、お嬢。せっかくのデートでやしたのに」

 パネルを消すとタッターが慰めてくる。

「わたしが捕まえておくのでごゆっくりなさってください」

「いいわ、ヴィー。ありがと。あの子だけ除け者にするのはかわいそうだもんね」

「お優しいことで。感謝するよう言い聞かせておきます」

 それを説教という。

「ほどほどにね。タッター、皆にもしっかり羽根を伸ばすよう言っといて」

「了解でやんす。ギャラの使い道に困っているような連中ですからね」

「貯めときなさいよ、戦闘艦クルーなんて太く短い商売なんだから」


 死んだら使うのも不可能になる。なので、笑い話程度で済ませておく。


「あんたたちもよ? あたしに付き合ってる間は内勤にまわしてあげるつもりなんてないんだからね?」

 ヴィエンタは承知とばかりに頷いている。

「タッターもこういうときに奥さんを喜ばせてあげなさい」

「合点でやんすよ」

「そのために輜重に入れてあるんだから」


 副長は妻帯者である。妻のレアンナ・ファニントンはレイクロラナンの経理輜重部に配属してあった。補給関連や、今回のような上陸時の嗜好品の仕入れなどを取り仕切ってもらっている。


「あっしは荷物持ちで一日終わる計算でやんす」

「一日はね。それ以外は労ってあげなさい」

「そうでやんすね」


(あたしも思いきりジュネに甘えようと思ってたけど無理そうね)

 おまけが付いてきそうだ。

(仕方ないから英気を養わせるとしましょ。その代わり、演習でこき使ってやるんだから。でも、なんとか……)


 リリエルはどうにか一日くらい二人っきりになれないかと画策していた。

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