レイクロラナン(3)
ゼレイ・ディンギルは連行された
(なんでお姉様はあんな居候なんかに)
精彩に欠けた男である。腰が低く覇気が足りない。なにを考えているかわからないし、口を開けば難しいこと言う。理屈っぽく正論ばかりを吐く。
確かに強いのは認める。生身でもアームドスキンでも勝った試しがない。異能の所為もあるだろうが、技術的にも敵わないのは事実。
(面白みのない奴。ワクワクさせてくれるとこが一つもない)
そんな男に彼女の大切なリリエルが一喜一憂しているのが我慢ならない。言い募っても受け入れてくれないし、加減を誤ると怒らせてしまう。その気持の動きはゼレイにも理解はできるが、だからこそ気に入らない。
(星間管理局の関係者とか敵じゃない。余計なことばっかり)
ゴート宙区における軍事機構『ブラッドバウ』の役割は宇宙の警察に準じるもの。ヤンチャの過ぎる賊の撃破から紛争の拡大抑止まで様々な事柄に対処している。
なのに出しゃばってくるのが星間管理局の下部組織
(大人しく貿易管理だけしてればいいのに)
管轄がラップしているので衝突もする。それは仕方のないことだとリリエルは言う。しかし、ゴート人類圏は昔からそうしていたのだから手出ししなければいいのにと思うのだ。
「おっけぇー。ありがと」
「クランプしとくぜ。もうすぐ大気圏突入だからな」
「よろ」
「済んだっすか?」
「はい、ラーゴ隊長」
茶髪の男はプライガー・ワント。もう一人の隊長である。人好きのする笑顔で接してくる。上下を感じさせない上官だ。
「あまりヴィーを困らせるんじゃないっすよ。あいつだって怒りたくて怒ってるんじゃないっすから」
さりげないフォローをしている。
「そういう立場なのはわかってるけど」
「違うっすよ。ブラッドバウはこんな武装組織っす。規律が乱れるととことん厄介なことになっちまうから自制が必須なんすよ」
「ヴィエンタ隊長がセイフティになってるの?」
いつも怒られている彼女と印象が異なる。
「嫌われ役も必要なんす」
「一人で背負わなくたって」
「おいらがこんなっすから。苦手だし下手なんすよ、人の間に入るのが」
確かにプライガーが怒っているところをほぼ見ない。戦闘中は気を吐くが、普段の物腰は柔らかくて、ゼレイのような若いパイロットでも話し掛けやすい。腕は確かなので嘗められはしないが上官としては近く感じる。
「お嬢が嫌われないように規律を守らせようとすればああなっちまうっす」
「馬鹿は馬鹿やらせとけばいいのに」
「ガス抜きはおいらの役目っす」
リリエルを中心とした組織を成立させるために心を砕いているというのだ。今の彼女には理解できない苦労をして形にしているのだろう。
軍ならば絶対の上下関係をもって規律の維持に努めることができる。だが、そこまで厳しくないブラッドバウの気風がそうさせているのだ。
「うちもなんかしないと駄目なのかな?」
リリエルに認められないのか。
「いいんすよ」
「でも大変そうだし」
「ゼルくらいのときは思いっきりやってればなんとでもなるっす。上手に立ちまわるのは年取ってから幾らでもできるっす。やらざるを得なくなるから、今のうちに羽伸ばしとくもんすよ」
心が晴れるようだ。
「うん、ありがと。思いっきりエル様に甘える」
「いや、それは違うっす!」
「なして?」
理不尽なことを言われる。プライガーにしては妙にくどくどと説明されたが今ひとつわかりにくかった。あきらめたのか、彼はため息を残して去っていった。
(そんなに苦労してるなら、あんな異分子入れなきゃいいのに)
どうにも癇に障る。通りすがりに深紫の脚部が視界に入ってきたので全力で蹴りを入れた。身体が浮いてしまう。
「それはないんじゃないかな?」
「うげ」
浮きすぎないよう止めてくれたのはジュネだった。
「嫌そうだね」
「あんたが嫌いなのはわかってるでしょ、居候?」
「まあね」
にらみつけるが堪えているふうがない。
「じゃあ、早く荷物まとめて出てって」
「そう言わないでさ。ぼくだって少しはレイクロラナンに貢献してる」
「どこが? エル様が苦労してまとめてるのに乱してるだけじゃない」
やらなくてもいい危険な任務を課されている。ゼレイは皆が危険にさらされていると感じていた。
「考えてもみてよ」
居候は彼女を床におろして整備コンソールの椅子に座らせる。
「ぼくが居なけりゃこの
「どういうことよ」
「今回がいい例だよ。物珍しいだけの相手になっちゃうのさ」
微笑を絶やさず説明してくる。
「リランティラはなぜ演習するのに自軍だけじゃなくレイクロラナンを絡めてきたと思う?」
「お金があるから?」
「それもある。でも、それだけじゃない。ゴート宙区の技術を探るのにちょうどいい的になってる。どんなものかってね」
マンネリを防ぐために演習相手を外注に出すなら
「ところがそうしなかった」
もうすぐ到着するのは彼らである。
「ブラッドバウの看板が効いてる。アームドスキンの本場の軍事組織の実力を計るためにね」
「なんで決めつけるのよ」
「それ以外に考えられないからさ。戦力として一隻分じゃバランスが悪い」
対するのは国軍である。
「普通に考えて単艦同士なら実戦的な訓練になる。自分たちの実力を計るにもいい。だけど、おそらく今回は複数艦、四隻か下手すれば五、六隻の相手をさせられるだろうね」
「ズルい」
「そう、ズルい。こっちは苦しいだけ。状況次第じゃ苦戦は必至だね」
どういう演習かによるという。もし、なんの障害物もない空間での会戦形式なら数がダイレクトに影響する。
「だってのに、向こうは得るものが少ない」
全力を発揮できないと予想される。
「気分的には掃討戦みたいになるんじゃないかな? そうなれば緩みが前面に出てしまう。ぼくの感覚だと百害あって一利なしだけどね」
「じゃあ、どうしてこんなことするのよ?」
「追い込むほどに手札を使わせられるからさ。演習という意識を頭から追い出して、全力で向かってくるときのデータを欲しがってる」
そういう状況を作ってくるだろうとジュネは言う。
「そこまでして取ったデータでなにすんの?」
「素人じゃない。戦闘データからスペックを割りだそうとする。もう一歩進めて構造もね」
「だったら加減しなきゃ。でも、そしたら負けるかもしんないし」
それだけは嫌だ。実力で負けるのはどうしようもない。だが、手加減した挙げ句に負けるのは我慢ならない。
「どうすればいいの。エル様に恥かかせたくない」
藁にもすがる思い。
「気にしなくていい。君は全力で挑めばいいのさ」
「盗まれちゃうのに?」
「無理だね。分析したところで盗めはしない。そのくらい差がある。わかってないのさ」
機体性能はもちろん、アームドスキンを用いた戦術にも歴史があると説いた。
「そうよね! 本気で勝ちにいけばいいのよね?」
「考えなくていい。いつもどおりの君でいいんだよ」
「こてんぱんにやっつけてやる」
(あれ? いつの間にか乗せられてる?)
ジュネと普通に話しているのにゼレイはやっと気づいた。
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