剣王孫の憂鬱
レイクロラナン(1)
ターナラジエータによる排熱コーティングが常識となった現代では宇宙機の彩色に制限はない。すべてのスペクトルを反射する白色にして過熱を回避する必要はないのだ。
だからといって突飛な彩色というのは好まれないもので、白や灰色といった中間色系から青や緑などの寒色系の採用率が高い。暖色系でも黄土色などの地味な色に限られる。
ところが今、惑星国家リランティラに入国しようとしている戦闘艦は一風変わっている。大気圏から五万kmの
「入国審査通りました、お嬢」
当然の結果にリリエル・バレルは頷き返す。
「どういう段取り?」
「一度降下して先方さんとミーティングでやんす。その後は上陸休暇を挟んで演習宙域へと向かう話になってやす」
「わかったわ。余裕を見て到着時間を通告なさい」
確認するように副官を見る。
「了解しやんした。二時間の余裕を含めて到着時間を伝えとくでやんす」
「よろしく。もう少ししたらのんびりさせてあげられるから気を抜かないのよ」
「うっす!」
独特の口調の副官タッター・ファニントンは戦闘艦レイクロラナンの艦長も兼務している。リリエルの全面補佐という名目でお目付け役をしている五十一歳のベテラン航宙士である。
この民間軍事機構『ブラッドバウ』分遣隊はほぼ私兵に近い扱い。すべてが彼女の権限と責任のもとに行動している。現在十九歳の娘が掌握しているのだ。
それもそのはず、彼女リリエルは軍事組織『
「大国まではいかないけど先進国ってとこでやんすかねぇ?」
地上の様子を見ながら尋ねてくる。
「案外拓けてそうね」
「まあ、そういうとこじゃないと
ただし、
「腕試しってこと?」
「そうでやんしょうな」
「いい度胸じゃない」
(
ポニーテールを後ろに払いつつ不敵に笑う。
「そういう顔はやめやせんか?」
「変?」
「若い頃の総帥閣下にそっくりでやんすよ」
尊敬する人物なので気分は良い。
「上等よ」
「多少は大人になったと思ったんでやんすが、そうでもないんでやんすね?」
「まだ落ち着くつもりはないわ」
流し目を送った。
以前はツーテールにしていた髪は、今は少し伸ばしてポニーテールにしている。金髪に赤みの入った自慢のオレンジ髪である。
背中に垂らせばもっと大人っぽさを演出できようが、いざというとき素早くヘルメットを被るのに邪魔。なので首に巻きつけるだけですむポニーにしていた。
秀でた額にかかる前髪を目の高さにしているのもヘルメット用。わずかに
ローティーンの頃に比べて目鼻立ちは大人っぽくなっていると自覚しているが、キツめな印象は変わっていない。ツリ目気味なところや口角が横に広めなのが原因だろう。
全体的には悪くない仕上がりだと思っている。白い肌に通った鼻筋も申し分ない。本当なら想い人のためにメイクもしたいが、そこはパイロットらしく
「旦那はどうしてるんでやんすか?」
その形容にドキリとする。
「べ、別にそうって決まったわけじゃないのよ」
「違うでやんす。さすがにジュネ坊とも呼べない年になったでやんしょう?」
「そうよね!」
勘違いを誤魔化す。
「探しもの」
「あれでやんすね。はぁ……、あんなのばかり相手してたら命が幾らあっても足りないでやんすよ」
「ぼやかない。内緒で星間管理局の二重籍をもらってるのはジュネのアシストチームとして登録してもらってるから。大抵のところをスルーパスできるのは役得でしょ」
レイクロラナンの表の艦籍はゴート宙区の軍籍になっている。しかして、裏では司法部巡察課の所属艦籍をもらっていた。なので、星間管理局関連施設は利用し放題となっている。
ただし、タッターは代償も大きいと思っているようだ。ジュネの
「
「このレベルの戦闘艦なんて金食い虫。普通の営業なんかで運用するのは絶対無理なんだから」
艦本体はもちろん、搭載機もブラッドバウ最新鋭機を揃えている。
「運用費ケチろうと人員のレベルを落とそうもんなら戦死者は覚悟なさい」
普段から言い聞かせている。
「わかってるでやんす。今のゴートは平和でやんすからね。戦力の維持と実戦教育の場とすれば最高でやんすから」
「星間銀河圏は海千山千の惑星国家の巣窟。バランスを保ちたかったら管理局に睨みを利かせていられるくらいじゃないと経済侵略を受けちゃうんだから。そうじゃなくたってアームドスキン技術を虎視眈々と狙っているはずだもん」
「やんしょうね? 今回だって演習はただの名目かもしれないでやんす」
リリエルもそう憶測している。
「見せつけてやるだけよ。どうせ盗もうったって盗めるものじゃないもん。
「それがわからない連中なんでやんすよ。新宙区なんてアームドスキン以外は技術の遅れた田舎だって信じたいんでやんしょう」
「鼻をへし折ってやる」
今回の仕事は表のもの。リランティラ国軍の演習相手を務めるのである。ゴートのアームドスキンのデータ採取をする思惑もあろう。リリエルは格違いを思い知らせてやるつもり。
「あたしの目標は、ブラッドバウ単体で
「大きく出やしたね」
さすがの副官も苦笑いしている。
「代重ねで衰退していくような組織に忠誠が誓える?」
「難しいでやんす」
「だったら示さなくちゃなんないの。バレルの血は導くに値するものってね」
ブラッドバウは国家に属さない組織である。国土を持たない以上、帰属意識は団結力でしか維持できない。それゆえに
素でそれがやれていた祖父リューンの頃とは勝手が違う。組織として拡大を目するならば意識的にやらねばならない。それが後継者として指名された彼女の義務である。
「クレギノーツの血も入れられれば完璧ってやつでやんすか?」
「う、うるさい! ばーか、ばーか!」
「照れなくてもいいでやんしょう?」
付き合いが長いだけ、なにかの拍子に地が出てしまう。未だにタッターには頭が上がらないところだった。
「エル様ぁー!」
「うひゃ!」
背後からの声にリリエルはおかしな悲鳴をあげてしまった。
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