さよならは晴れた空に
『
ニュースが騒ぎ立てる。
『二人に関してはすでに
(あの人がお父さん?)
四十絡みのヘンリーを見てコリューシャは覚った。
(お母さんとわたしを捨てた人。情も湧かない)
『合わせて政府発表が行われています。大統領のコメントをお聞きください』
3Dモニターに壮年の大統領が登場する。
『この度の事態を大変遺憾に思い、星間管理局による警告宣言を厳粛に受け止めております。つきましては、政府内部でも一斉聞き取りを行い、同様の事象がないよう再発防止に努めて……』
(くどくど言っても、どうせ裏じゃ似たようなことやらかしてんだから)
古株議員の横暴がまかり通っているのは、つまりはそういうこと。将来に希望はない。しかし、母娘に逃げる先があるわけでもない。
「ね、リーシャ? このへんの再開発事業は捕まったウォーカスが仕切ってたから中止になっちゃったんでしょ?」
近所のおばさんが話しに来ている。
「そうみたい」
「よかったじゃない、出ていかなくてすんで」
「よくない。もう手遅れだもの。常連さんが何人立ち退き料をもらって引っ越していった? 中止になったからって帰ってきてくれるわけじゃないし。もう商売になるかもわかんない。憂鬱」
現実から目を逸らせない。
「あー、確かにねえ」
「細々と食べていくしかないのかぁ」
「ま、また来るから」
逃げだしていく。
彼女の家はすでに立ち退き料を受けとったがまだ転居してなかった勢である。不祥事にまつわる以上、返還を求められることはない。貰い得した形である。
(今度は吹っかけてやるんだから)
冗談交じりの想像をしながらショーウインドウの向こうを眺める。
「え……、嘘!」
コリューシャは飛びだした。
「ジュネ!」
「やあ、元気そうでなにより」
「来てくれたの?」
体当りするように抱きついた。青年はなんてことないように受け止めてくれる。
「さよならを言いにね」
「あ……」
考えれば当然のことだが、いざとなると悲しみばかりが湧いてくる。
「ジャ……、大変なお仕事だものね」
「うん、ひと所に落ち着いていられないからさ。だからこそ君の手料理が一番のご馳走だったんだ。忘れられないよ」
「じゃあ、もう一度食べてってよ」
それが精一杯。引き止めるのなど不可能だし、母と一緒に連れていってくれとも言えない。そういう立場の人だ。足枷にしかならない。
「どう、美味しい?」
「うん、最高だ」
その笑顔は本物と信じたい。
「わたしも忘れられない。ジュネがご馳走してくれたもの」
「ええ、本当にお世話になったわね」
「いいえ、ぼくにできることなんて知れています。ナイチネさんたちのような人が平穏に生きていけるように努力するくらいしか」
どれほど大変なことだろうと彼ならば可能な気がした。
「いつでも来て。何度だってご馳走する……から」
「リーシャ」
「ごめんなさいね。この子も無理だってわかってるから」
言葉が涙に変わってしまう。悲しい別れ方はしたくなかったのにどうしようもなかった。それくらいに心奪われていたのだと自覚する。
「ごめんね。いいの」
必死に涙を拭う。
「君のような人がいるからぼくは頑張れる。誰かが望んでくれるから命も懸けられる。本当だから」
「うん」
「幸せになって。それだけがぼくからの望みだよ」
(君が幸せにしてくれないの? そんなこと思っちゃいけない。独占していいような人じゃないんだもの)
どうにか堪えて笑顔を作る。
「わたしも頑張れる。ジュネが救ってくれたから今があるんだもの。大事にするから、だからジュネも……」
「応えるよ。それが、ぼくの持つ翼の使命なんだ」
「うん」
片田舎の小さな
「思い出してもらえるようになる」
「忘れたりはしないさ」
「わたしの思いも背負っていって。君の正義を実現して」
「もちろん」
最後に抱きつく。ジュネは優しく抱き返してくれた。すぐに身を離す。あまり長引くと未練になりそうで怖い。思い出だけで生きていけるくらいがちょうどいい。
「今日はいい天気」
「これが本当のウェンデホなんだね?」
「そう……、うん」
久しぶりに感じる乾いた風は彼の微笑のように爽やかだ。目に刻みつけるようにジッと見つめる。頑張って微笑み返すと頷き、「じゃあ」と言って背中を向ける。すがりつきたい。声をあげたい。必死に堪えて見送った。
(さよなら、わたしの最高の恋)
母がそっと背中から抱いてくれた。
「コリューシャ・ヴィヨルンさん」
振り向くと見知った顔。
「この前はどうも」
「いえ、職務ですので」
彼女は星間管理局のアテンダント。今日もばっちりと制服を着こなして後ろに立っていた。
「お母様の目の治療に関する融資の申請が通りました」
身に憶えのない話。
「えーっと」
「とある方より承っております。どうなさいますか?」
「良い話なんですけど、返済の当てが怪しくて」
ジュネが頼んでおいてくれたのだろうが、当面は生活が第一でいかなくてはいけない。現実は厳しい。
「担保代わりにこちらの条件を飲んでくだされば結構です」
(気遣いは嬉しいけど差し出せるものなんてないし)
あきらめるしかない。
「管理局ビルの福利厚生施設でヘアアレンジの仕事を請けていただきます」
「へ?」
思ってもみない条件。
「お母様も技術をお持ちだとか。完治し次第、同様に仕事をお願いします。もちろん対価は支払われます」
「そんなことで?」
「お望みであれば宿舎もございます。治療は敷地内の星間病院になりますし、住み込みという形でかまいませんので」
好条件が並べられていく。
「その場合、将来的には管理局籍の取得も可能となっております。いかがでしょう?」
「う、嘘みたい」
(管理局籍ってエリート中のエリートにしか手の届かないものだと思ってたのに)
仲間入りも可能だと言われる。
「あなたがたの努力いかんのお話ではございますが」
「頑張ります! 皆さんの満足する仕事をしてみせますから!」
アテンダントの微笑みが深まった。
(ジュネ、君が残していってくれたもの、必ず手に入れるから)
どこまでも青く晴れた空に滲んだのはコリューシャの喜びの涙だった。
◇ ◇ ◇
重ねた唇が離れる。開かれようとした彼の唇を指で押さえて止めた。
「駄目よ、ジュネ」
強い視線で戒める。
「素人の娘に手を出しちゃ。あなたの優しさを知ったりしたら一発で落ちちゃうんだから」
「そうは言ってもね、エル」
「口ごたえしない。次から気をつけてちょうだい」
彼女は戦闘艦レイクロラナンのトップにして、民間軍事機構ブラッドバウ分遣部隊の長、リリエル・バレル十九歳。ゴート宙区では名高い『剣王』の孫である。
「アシストチームのリーダーのあたしを放りだして片づけちゃったらつまんないでしょ?」
「つまんないとかそういう話じゃなくてさ」
「とにかく!」
彼らはアシストチームとして登録されている。ジュネが三年前に正式に
「反省なさい」
「わかったよ」
指を突きつけていても、腰を抱かれて引き寄せられると言葉が続かない。いつもどおりに誤魔化されてしまう。
(ズルい。敵わないの知ってて)
リリエルは頬を膨らませた。
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