戦いは曇り空の下(5)

(死んだ? 死んじゃったの? ジュネが? わたしの所為で?)

 コリューシャは空高くそびえる水柱を愕然と見る。

(そんなの駄目……)


 卒倒しそうになる。しかし、彼女の意識をつなぎとめるように光が瞬いた。


(翼?)


 水柱から翼が生える。金色に輝く翼。菱形の光の薄膜のような二対四枚のそれがどうしても翼に見えた。


「あっ!」


 水柱がなだれ落ちるとそこには新たな人型が現れている。深紫の鋭利なイメージをした機動兵器はおそらくアームドスキンだろう。

 二対の翼を持つアームが左右に伸び、背中の中央からももう一本のアーム。そこにも上下に二枚の光る翼を備えており、合計で六枚もの輝きが夜空を彩っていた。


「なんだ、敵機か?」

 上空の警察機のパイロットの声。

「待て! このシルエット……」

「み、見たことがあるぞ」

「じょ、冗談だろ。ジャスティウイングじゃないか」


(ジャスティウイング?)

 彼女は目をしばたく。

(そういえば、あのTVヒーローとは別にもう一つの噂)


 あまりに男児たちが騒ぐので付き合って調べたことがある。それは素性のわからない影のヒーローの噂。

 3DTVのように派手ではなく、神出鬼没で星間銀河圏のどこに現れるか誰にもわからない。ただ、その現実のジャスティウイングも各地で正義を行っているというのだ。


(あれがそうなの?)

 わずかに出まわる情報はアームドスキンのシルエットくらい。


 コリューシャは呆気にとられて見あげていた。


   ◇      ◇      ◇


「なに!? ジャスティウイングだと!?」

 補佐官は現場からの報告をラリー・ウォーカスに伝える。

「判断を求められております。どうなさいますか?」

「なんとも面倒な。こんなときに。いい。どうせ、どこの誰とも知れんテロリストだ。墜としてしまえ」

「……そう伝えますが」

 補佐官は言いよどむ。

「文句があるのか!」

「いいえ」


(長年に渡って活動する影のヒーロー。その意味をおわかりではないようだ。つまり、誰も捕らえるどころか、撃破するのも敵わないということ。正体さえ知れないというのは、それだけの根拠がある)


 補佐官は指示を伝えてその足でウェンデホを離れる決意をした。


   ◇      ◇      ◇


「墜とせ? ジャスティウイングだぞ?」

「そういう指示なんだよ!」

「できるのか?」

 五機の警察機は戸惑っている。


(あれが正義ジャスティの翼ウイング

 コリューシャはなぜか目が離せない。


「星間法第三条第一項」

 深紫のアームドスキンが告げる。

「国家憲法もしくは刑法に違反する行為が認められない場合、これを一方的かつ強制的に拘束または監禁することを禁ず」


(え、この声?)

 彼女のよく知る人物のものである。


「それがどうした!」

「くそ、やるしかない!」

「目撃者を黙らせろ! テロリスト風情に言わせるな!」

 リーダーらしきパイロットが吠える。


 しかし、魅入られたように身動きできない。荘厳とさえ感じさせる空気がその場所を満たしていた。


「本項違反を確認」

 あくまで冷静に。

「執行する」


 ジュネがそう告げると変化があった。彼のアームドスキンの胸に金翼のエンブレムが浮びあがる。星間銀河圏をあまねく照らす絶対の存在の象徴が。


「じゃ、司法ジャッジ巡察官インスペクター!」

「馬鹿なぁー!」

「だ、駄目だ! 逃げろ!」


司法ジャッジ巡察官インスペクター。本当にいたんだ)

 半ば伝説じみた存在である。


 それは司法を行う者。自ら捜査しその場で審決を下し刑を執行できる。絶対の権限の下にいかなる管轄もない。星間法の順守を義務づけられている加盟国家であればその執行を決して拒むことはできない。

 多大な権限はその能力に基づいている。多岐にわたる星間法の附則までもすべて知り尽くし、捜査官としても極めて高い技能を要求される。それゆえに少数の、一生に一度出会えれば幸運という存在なのだった。


「加盟国市民への危害の可能性を認め、逃亡阻止に武力を行使する」

「ひぃ!」


 背中の金色に輝く翼がひるがえったかと思うと一機の傍らに。一閃で頭部がクルクルと回りながら落ちていく。次の瞬間には両腕が肩から落ち、背中を浅く薙がれて停止した。


「一瞬で!」


 恐怖に遁走しようとした警察機は、振り返りざまに放たれたビームに背中の推進機スラスターを粉砕される。パルスジェットだけで空中で足掻くも、背中から胸へと抜けた光剣に沈黙。


「コクピットは外した」

「見もしないで当てられるとか怪物かよ!」


 吠えた機体は、予言じみた内容を後悔する羽目になる。肩に担ぐように向けられた砲口は、正確に首元から背中へと貫くビームを放っていた。


「こ、こうなったら!」

「無茶すんなよ!」

「撃たなきゃやられるだけだ!」


 滅多やたらと連射したビームが深紫のアームドスキンを襲う。しかし、軽くボディを揺らすだけでかすりもしない。


「オーバーヒートぉー!」


 急に連射をしなくなった警察機は動転したのか肘打ちを真正面から食らう。バラバラになった頭部を撒き散らしつつ暴れていたが、脇から背中に突きいれられた剣にビクリと震えて動かなくなった。


「こ、降伏する。やめてくれ」

「武装解除に応じろ」


 ビームランチャーを突きつけられたまま降下してくると路上へ着地。しゃがむのももどかしくハッチを開けたパイロットは路面を転がるように逃げだしていった。


(ジュネ……)

 頭が動いて彼女を見る。


 複雑な形状を持ち、威圧的なはずのデザインの顔に青年のイメージが重なる。鋭利なカメラアイの向こうに優しげな切れ長の瞳が浮かんだ。


(行ってしまう)


 軽く頷くとジャスティウイングは首都の中心のほうを向いた。「ひゅおおぉ」と空気を鳴かせた翼が彼を運んでいく。


(もう会えないかも)

 正体を知る者は敬遠されるだろう。


「コリューシャさんですね?」

 後ろから声を掛けられた。

「お母様をこちらで保護しております。同行いただけますか?」

「あ……」

「どうぞ車に」


 星間管理局の制服をきれいに着こなした女性が「GSO」のロゴの入ったリフトカーへと招く。すべてが終わったのだと覚る。


 コリューシャはもう一度だけ深紫の背中を目で追った。


   ◇      ◇      ◇


「なぜだ! なぜ司法ジャッジ巡察官インスペクターなんぞがここにいる!」

 ラリー・ウォーカスは驚愕に目を見開く。

「どうしてやってきた!」

「法に触れるからだ。罪行いし者には罰を与えにくる。それがジャッジインスペクターの役目だから」

「こ、ここまで」


 その声は中央政庁のコンソールから聞こえている。最高レベルのセキュリティが施されているはずの場所が丸裸にされているという意味。


「コードネーム『ジャスティウイング』、被疑者ラリー・ウォーカスによる星間法第三条第一項の違反教唆の罪を認め、ここに審決する」

 指さされる。

「有罪を申し渡す。有権者の信頼を裏切り、政治権力を悪用した被告の罪は重い。禁錮二十年の実刑に処す」

「一方的過ぎる!」

「被告は管理局司法部に審決確認を行う権利を有する。のちに訴えればいい」

 宣告してくる。

「ただし、覆ることは稀。そのつもりでいるといいよ」

「お前はあの若造か!」

「苦情は罪を償ったあとで聞こうかな」


 室内に複数の人間が入ってくる。彼らが胸のロゴをタップすると星間G保安S機構Oのエンブレムが浮かびあがった。


「21時47分、被告を確保。連行しろ」

「父さん、これは!」

 スライドドアの向こうには拘束された息子のヘンリーの姿まである。

「ぐ……」

「手続きを必要とするなら一時留置所で行え。以上、連れていけ」

「くそっ! ジャスティウイングぅー!」

 窓外へと吠える。

「罪は贖うものだよ。省みるように」

「ワシにそんな時間があるとでも!」

「そんなの知ったことではないさ」


 冷たく言い放たれた言葉はラリーの胸を突き刺した。

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