戦いは曇り空の下(4)
「娘のほうは包囲できた模様です」
補佐官が報告する。
「よし、確実に捕らえろ。その過程で事故が起きても仕方あるまい。わかるな?」
「承知いたしました。伝えます」
「うむ」
彼、ラリー・ウォーカス上院議員のいる政庁ビルの上層階からは郊外の様子も見えている。赤く明滅する光が集中しているあたりでの出来事だろう。
「若い男の身元は?」
「未だわかりません」
「母親のほうの件もある。早急に割りだして対処しろ」
状況から目を離さず指示した。
◇ ◇ ◇
ランドウォーカーがうなりながら歩きはじめる。さすがに生身の警官は下がらざるを得ない様子。レーザーガンを向けて発砲しているようだが、運転席の中では警報が鳴っているだけだった。
「うう」
コリューシャは激しい揺れにうめく。
「ちょっと我慢してね」
「頑張る。でも……」
「どうしたの?」
気掛かりが頭をよぎる。
「こっちがこんな感じだともしかしてお母さんも……」
「ああ、それはぼくが管理局にお願いしておいたから今頃は保護されて安全な場所にいるさ。君は自分の安全だけ考えていればいい」
「そうなの? 言われても、厳しいとしか思えないけど」
ポリスカーを蹴散らして通る。今はともかく、今後は無事にすむとは思えない。確実に逮捕されるだろう。
(ここから連れだしてくれるのかな? それなら嬉しいけど)
淡い期待が胸に浮かぶ。
(無理かも。ここまで大袈裟にできるってことは、それなりに権力を持っている人がわたしを邪魔だって思ってる。いくらジュネでも対抗しきれないんじゃない?)
青年の横顔に欠片の迷いもない。自らの正義を信じて疑わないのだろう。しかし、この世の中には理不尽があふれている。それにずっと接してきた彼女には信じることができなかった。
「無理だったらわたしを置いて逃げて。ジュネは外の人だからきっと大丈夫」
あきらめが言葉に滲む。
「無理な相談だよ。ぼくの中にその選択肢はない」
「わたしのために犯罪者に祭りあげられなくても」
「その心配もないさ」
ランドウォーカーが夜の郊外を疾駆する。駆動音が倉庫街に響き、海のほうに向かっていた。20m近い大きさの機械が通れる場所は限られるのだろう。
(でも、それはたぶんアームドスキンも同じこと)
最悪の想像が彼女の脳裏をよぎる。
予想どおりに舞い降りる影。行く手を阻んだのは警察のアームドスキン。威圧的に銃器をかまえている。
「止まれ。無駄だというのがわからんのか?」
スピーカーからの声音にはあざける色まで含まれている。
「そうとは限らないさ」
「馬鹿なことを。アームドスキンに敵うと思っているのか? それがアストロウォーカーだったとしても敵ではないと知らないのだな」
「知ってる。その機体がパイロットの技能を鋭敏に反映するものだというのもね」
ジュネも含みを返す。
「よくも言ったな。思い知れ」
「遠慮するよ」
「悔いても遅い!」
やはり発砲はしない。街中だという自覚はあるのだろう。ただし、手加減しているとは言いがたい。人間もかくやという素早い動きで取り押さえにくる。
「手こずらせた分、罪は重くなるぞ」
「ずいぶんと感情に左右される刑罰だね。度しがたい」
「貴様が上の方に楯突くからだ」
「それを口にするのはマズいんじゃないかな?」
(かまわないと思ってる? どうせ揉み消す気なんだ)
形振りに表れている。
掴もうとする手をかがんで躱す。逆に奪い取った腕を右手で引き込み、アームドスキンの懐に入ったジュネはそこでランドウォーカーを旋回させた。背中で押しあげるように浮かせると真横に放る。
「やった!」
「これで終わってくれるほどヤワじゃないからね」
即座に立ちあがってくる。
「貴様ぁー!」
「嘗めてるからさ」
「後悔しろ!」
手にしたのが光る剣だというところがまだ自制が効いていると思える。振り降ろされる刃を機体を揺らしながら躱した。コリューシャは気が気ではないが、青年にはまだ余裕がある。
(速っ!)
ジュネは目まぐるしく手元のタッチパネルを操作している。顔を向けてもいないのでブラインドでだ。さっき「憶えた」と言ったのは本当らしい。
(初見の操作でこんなことができるものなの?)
信じられない思いでその動作を見る。
「いつまでも躱せるものか!」
「それはそうだろうね。いつまでも付き合っていられないよ」
倉庫の壁をもバターを切るように裂く光の刃。それが左右を通り過ぎるたびに小さな悲鳴をあげてしまう。
「観念しろ!」
「聞けないね」
振り降ろされる刃を手首ごと掴んで止め、するりと密着する。踏み込んでしゃがむと右足を膝から抱え込んだ。そのまま持ち上げてアームドスキンを倒す。
「なにを!」
「こんなものも付いてるんだよ」
ランドウォーカーの手首からは金属製のピックが覗いている。ジュネはそれをアームドスキンの胸の装甲板に押し当てた。
「まさか! やめろ!」
「悔いても遅い、かな」
尖った先が「カカカ!」と鳴り火花を散らす。貫けるわけではないが、その衝撃は内部まで響いているだろう。
「あががががが……!」
「おやすみ」
振動に合わせて痙攣していた腕が力を失う。アームドスキンは仰向けに倒れたまま動かなくなった。
(勝った!)
警察のパイロットが言っていたのが嘘だったのだろうか。本来なら敵うはずもないランドウォーカーに倒されたのだ。
「すごい、ジュネ」
「あまり喜んでもいられないんだけどさ」
まだ上空には二機のアームドスキンが見える。先の一機が制圧するのを待っていたのだ。戦闘不能にされたと見るや同時に舞い降りてくる。
「これは少々厄介だね」
ランドウォーカーを走らせて広い場所に出る。不利に思えて訴えると、足場が悪いと余計に難しくなると青年は言った。
「終わりだ、男。発砲許可まで降りてしまったぞ」
抑えた声で告げてくる。
「いいのかい? 彼女を保護するという建前まで放りだして」
「都警の威信に懸けて制圧しなければならん。貴様はやり過ぎた」
「君らは市民の盾で法の番人じゃないのかな?」
挑発するように正論を説く。
「犯罪者に言われる筋合いはない」
「罪を問うなら、まず法を説くべきだよ。そこが間違ってる」
「戯言を!」
薙がれた光の剣を横っ飛びに躱す。しかし、足元を狙って発砲された。飛び退いて避ける。
「これに武器とか付いてないんでしょ? 逃げないと」
「うーん、二機くらいならね」
ランドウォーカーの駆動部がうなる。飛び込んだジュネは銃器の下。肩で押しあげながら右手を胸に。もう一機に向かって盾にしつつピックを起動させる。
激しい衝撃音の末に転倒する。その向こうで躊躇していたアームドスキンに喉輪を掛けて押し倒した。再びピックで戦闘不能にする。
「冗談みたい」
痛快だった。
「威信とか言ってたけど丸潰れ」
「躱しきれないか」
「え?」
気づけば応援が来ていた。足元を掃射される。破壊音がして運転席にアラートが鳴り響いた。パネルに右足首から先が失われたと表示されていた。
「ヤバい!」
「そろそろ限界だね」
機体を走らせたジュネは倉庫の影へ。
「君は降りて隠れてて。どうにかする」
「でも、ジュネ、逃げなきゃ」
「こいつは飛べないんだよ」
目の前は海。逃げ場所はない。押しだされるように外へ逃された。ジュネはまともに歩けもしないランドウォーカーで通りへと出ていく。
「あっ!」
頭部が吹き飛んで機体ごと海上へと投げだされる。それに収まらず、ビームが浴びせられてランドウォーカーは沈んでいった。
「ジュネぇー!」
コリューシャの目の前に爆発による水柱が立ちあがってしまった。
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