戦いは曇り空の下(3)

(すっきり晴れてたら最高だったのに)

 コリューシャはそれだけが残念だった。


 もっとも、この時期の首都デホーでそれを望むのは無理というものか。どうにも天気が良くない日々が続いてしまう。


(ジュネの印象が悪くなっちゃう。長居したくないって)

 どんよりとした曇り空が鬱陶しい。

(連れだしてくれないかな、この雲の下から)


 願望ばかりが先にくる。それくらい気持ちがフワフワしていた。現実があまりに面倒だらけで逃避してると思う。でも、自分を止められない。


「どこ連れてってくれるの?」

「そうだね。時間がもったいないから目一杯楽しもうか」


 街のアミューズメントから食事や休憩を挟んで動きまわる。実に活動的なデートだった。同じところに長くは留まらない。先日のように落ち着いた雰囲気は欠片もない若者らしい行動に驚かされる。


「疲れない?」

「大丈夫。ちょっとビックリだけど」

 微笑む彼に笑顔を返す。

「君の色んな面を全部教えて」

「それほど得意じゃないからノープランなんだけどさ」

「でもいいの。思いっきり羽目を外したい気分」

 振りまわされるくらいが気晴らしになる。


 楽しい時間は短く感じ、気づくと都心を外れてきている。そこは恋人たちがその日の終着点としているあたりが近い。夜景が雰囲気をかもしだし、そういった目的の宿泊施設もある。


「日が暮れてきちゃう」

「うん」

 胸は高鳴っていく。

「このあとはどうするの?」

「うーん、困ったね。逃げきれそうにない。ずいぶんと君にご執心みたいだ」

「え?」


 コリューシャの頭に疑問符が並ぶと同時にヘッドランプを含めた警告灯をすべて赤く輝かせたポリスカーが路上を滑ってきた。二人はサーチライトに照らされる。


「そこの男! 女性から離れて道路にうつ伏せになれ!」

 薄暗い街角に警告の声。

「誘拐の疑いがある! 伏せなければ撃つぞ!」

「なに言ってんの、この人たち? 誰かと間違ってる?」

「違うさ。そういうことにしたいんだ」

 それでもジュネの微笑は消えていない。

「まさか」

「そのまさかだよ。目的は君。連れて行って立ち退くよう説得・・する気なんだ。ぼくの身柄を交換条件にね」

「そんなことまで?」


 信じられない思いだ。日頃から腐っていると思うことはあっても、冤罪を被せてまで強引な手段にまで出るとは予想の上を行く。


「リーシャ、君は警察とぼくのどちらを信じる?」

 紫と緑の瞳が彼女を射抜いている。

「もちろん、ジュネ」

「じゃあ、逃げようか」

「逃げるってどうやって?」

 二人は徒歩で相手はリフトカーである。

「こうやって」

「わ!」

「走るよ」


 信じられないことに軽々と抱きあげられた。青年は決して体格がいいほうではない。それなのに、力んでいる様子もない。

 更に信じられないことが起きる。走りだしたジュネの速度である。彼女が全力で走ってもそんなスピードは出ない。否、誰であれ無理なスピード。なぜなら阻止しようとするポリスカーを振り切るほどなのだ。


「うそー!」

「あまりしゃべらないようにね。舌を噛んじゃうよ」

 髪の毛が風で持っていかれて彼の腕に絡む。


(え、こんな? 怖い!)


 尋常ではない。同じ速度を車で経験しても車内で体感するそれとは一線を画する。風圧を全身で感じ取れるのだ。初めての体験である。


「まくよ」


 そう宣言したジュネは加速する。本気で追走をはじめたポリスカーが追いついてくるが路地へと入り込んだ。警報音サイレンがけたたましく鳴り響き、周囲を追い散らしながら取り囲もうとしているのがわかる。しかし、それ以上の速度で彼は包囲を脱していく。


「もう大丈夫?」

 足を緩めた青年に訊く。

「どうかな? どれくらいの本気度なんだろうね」

「どこかに隠れたほうがいい?」

「残念ながらそんな暇は与えてくれなさそうだ」


 ジュネが暮れなずむ曇り空を見あげている。遠くから「パパパ!」という連発音が響いてきた。まさか発砲音かと怖れたが違う。もっととんでもない物がやってきた。


「警察のアームドスキン! 嘘でしょ!」

 子供番組を散々観せられているので機動兵器の名も出てくる。

「逃がす気は更々無いみたいだよ。困ったものだね」

「いくらなんでもやり過ぎ!」

「さすがにあれは振り切れない。自衛するしかないか」


 彼の指差す先には工事現場。すでに終業してしゃがんでいる工事用人型機械が片隅にある。


「あれに乗るよ」

 手を引かれる。

「これって……」

「ランドウォーカー。無いよりマシってとこかな」

「そういう意味じゃなくて」

 種類を訊いたのではなく、正気を疑ったのだ。


 とても強そうには見えない。作りは頑丈そうには見える。ただし、鈍重なイメージ。警察機や、ましてや3DTVで見るヒーローの搭乗機みたいなスタイリッシュさは欠片もない。


「運転できるの?」

 そんな言葉しか出てこない。

「たぶんね。現場で使ってる機体がどの世代の操縦系なのかわからないけど」

「それってできるって言うのぉー?」

「大丈夫さ」


 再び抱きあげられる。ジャンプしただけでもうタラップの上。背中側にある扉が上向きに開いており、運転席内部へと降ろされる。


「旧式だね。これは面倒だ」

 ジュネが操作すると運転者のシートの横にもう一つのシート。

「かなり揺れるかもだよ。ちゃんとベルトをしてね」

「するけど、これ」

「あー、窃盗犯になっちゃうかな。緊急避難ってことで」


 たしか法律用語で、自分の身を守るために行う犯罪は免除されるというもの。だが、コリューシャが言いたいのはそんなことではない。


「違うの、ジュネ。こんなことしなくても管理局に言えば大丈夫って言ってなかった? 管理局ビルのほうに逃げればいいんじゃない?」

 肩を掴んで揺らす。

「聞く耳持ってくれなさそうだからね。君がデホーにいるのを嫌がってる誰かさんは無茶をしてでも強制排除するつもりみたいだから」

「それって?」

「告げ口するみたいで申し訳ないけどお父さんの関係者。調べがついたその人にとって、どうしても君が邪魔みたいなんだ」


(そうじゃないかと思ってたけどやっぱりそうなんだ。父親にとってわたしは望まれた子供じゃなかったのね。お母さんの口振りでそれとなくは感じてたけど、ちょっとショックかな)

 悲しみに俯いてしまう。


 視線の先には青年の左の手元。手の平大の投影パネルが浮びあがる。そこには十個以上のアイコンが表示されており、指でスワイプすると別のページに切り替わる。複数のページを滑らせていた彼は「よし、憶えた」とつぶやいた。


「いくよ。気をつけて」

「ほんとに動かすの!」


 ランドウォーカーと呼ばれた人型工事用機械が立ちあがる。前半分を覆っている球面モニターに外の光景が映しだされていた。そこには包囲をするポリスカーの集団と、上空から照らすサーチライトの数々。


「無駄な抵抗はよせ!」

 警告が発せられる。

「直ちに機体を停止し、人質を解放しなさい! すでに上空も包囲されている!」

「たしかにね」


 指を滑らせて操作をするとモニター上に幾つものウインドウ。そこには暗くなってしまった上空に浮かび、警告灯を瞬かせている複数のアームドスキン。膝下の背後を映したウインドウにも、一抱えもありそうなレーザーガンをかまえた警官がずらりと並んでいる。


(こんな中に降りたらどさくさ紛れになにをされるかわからない。ジュネと引き離されるだろうし、わたしも連れ去られて……)

 どこかに監禁され、うんと言うまで出してもらえない姿が想像できる。


「さて、逃走再開」

「まだ、あきらめてないのぉ!」


 青年の軽い口調にコリューシャは驚かされてばかりだった。

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