第六二節 陽太のプレーに興味を持ち始めた人物

 「松葉って奴と陽太にやられたよ」



 試合終了後、自宅に戻った敦は「まいった」というような表情を浮かべながら真美と通話していた。


 敦の話に夢中になって耳を傾ける真美。



 決勝点に繋がった陽太のアシスト。あれは雨の状況での知識がないと出来ないと敦は感じた。



 「雨の日の天然芝はバウンドが違ったりするんだ。陽太はどうやったらイレギュラーを抑えてゴール前へパスを送れるのか知ってたんだ。受けやすいボールを。そのままシュートに持っていけるボールを。最後は陽太の知識力に負けた。そして、あの二人の技術と気持ちに」



 自分にはない知識を持っていた。これまで知らなかった陽太の凄さを目の当たりにした敦。

 


 「これ、二年後どうなるんだろうな…」



 どこか諦めの様子が伺える敦。彼の耳には和正や猛、卓人などの噂も入っている。対策をしたいが、その策がハマるとは限らない。


 台府中央高校も公立高校。敦の在学中に新任の教員が男子サッカー部を受け持った時にまた違った戦術に変更になるかもしれない。


 その戦術で戦っていくのか、それとも、相手に応じた対策を練った戦いをしていくのか。


 

 「まずは、陽太をどう抑え込むか考えないとな…」



 敦は部屋の天井を見つめる。



 「どんな対決になるのかな。二年後の県内の注目選手二人だから」



 微笑みながら真美が言うと、少し照れた敦の声が彼女の耳に届く。



 「陽太は間違いなく、注目の的になるけどな。俺は注目されないよ。まあ、注目されたら嬉しいけど」


 「少し期待してるじゃん!」



 笑い合う二人。





 三時過ぎ。



 雨脚が強くなった南山取を傘を差し、陽太は歩く。


 

 しばらくして、自宅が見えてきた。すると、一人の少女が仙田家の庭から出る姿が陽太の目に映る。


 少女は陽太のいる方向を見る。すると、その姿に気付き、歩み寄る。



 そして、傘を右手に持ち替え、左手を振る。



 「結衣」



 やさしい表情の結衣だった。



 「おかえり」



 やさしい声が陽太の耳に届く。



 「ただいま。あれ、どうしたんだ、その袋」



 結衣は右手に紙袋を提げていた。



 「お裾分けだよ」


 「いつもありがとな」



 笑顔の二人。



 傘を差し、他愛もない話で盛り上がる二人。しばらくして、結衣が言う。



 「真美から聞いたよ。陽太、試合で活躍したって」



 笑顔の結衣。


 陽太は照れ笑いを浮かべる。



 陽太の知識と気持ちのこもったプレーが大輔の二得点に、そして逆転勝利に繋がった。



 「大輔を褒めてあげてよ」



 照れた声でそう話す陽太。



 「照れ屋だね。昔っから」



 微笑む結衣。



 三回戦の相手は高校総体県大会準優勝の隼仙学院大学附属高校。和正が通っていた小・中学校の系列校。厳しい戦いになることは陽太には分っている。


 しかし、陽太は前を向く。



 「選手層は相手が圧倒的に上だと思う。でも、だから手も足も出せないわけじゃない。どこかに得点に繋がる糸口があると思うから」



 大石も同じ考えだろう。



 しばらく話していると雨脚が弱まる。そして、僅かだが光が差し込んだ。


 二人は空を眺める。



 「誰かが陽太のプレーに興味を持ってくれたのかな」



 結衣が言うと、陽太は無意識にこう呟く。



 「そうだったら嬉しいな…!たった一人だとしても」



 

 すると、雲の切れ間から僅かに青空が顔を覗かせた。




  

 翌朝。六時一二分に目を覚ました陽太。少し冷え込む室内で私服に着替え、外へと出た。


 前日降った雨でできた水たまりが僅かに道路に残っていた。その水たまりに太陽が映し出され、何ともきれいな模様を作り出していた。


 玄関のドアを閉め、南山取駅の方向へと歩き出す陽太。


 犬と散歩する男性、スーツを身に纏い、南山取駅へと歩く会社員。陽太は多くの人物と遭遇した。


 しばらく歩くと、反対側の歩道にある人物の姿が見えた。陽太はその瞬間、立ち止まった。



 「あの人…」



 その人物は黒のストライプスーツを身に纏い、黒い鞄と三脚を持っていた。


 

 陽太は道を進む。すると、どこからか視線を感じた。陽太は周囲を見渡すが、視線はなかった。



 気のせいか。



 道を進む陽太。


 しばらくして、南山取駅が見えてきた。


 陽太が見かけた人物は南山取駅の改札口の向こうへ姿を消した。



 見たことある人だったな…。



 青空を眺める陽太。


 

 その人物とは…。




 六時三二分に自宅へ戻った陽太。リビングのドアを開けると、希が椅子に腰掛け、朝刊を広げていた。


 珍しい光景に陽太は少し驚いた。



 「お母さんが新聞読んでる…!」


 「あはは!珍しいか!滅多に読まないからね」



 笑いながらそう話す希。そして、朝刊を四つ折りし、テーブルへと置いた。



 「今、用意するね」



 そう言ってキッチンへ。そして、朝食を並べた。



 手を合わせ、箸を持った陽太。


 

 しばらくして、健司がリビングのドアを開け、椅子へと腰掛ける。そして、朝刊を広げた。


 パサッ、と朝刊を広げる音に希が健司の背中を見る。


 その表情はどこか嬉しそうだった。



 健司はとある紙面を食い入るように読む。そして、小さく頷いた。



 朝刊を下ろした健司。そして、陽太が箸を置いたことを確認し、こう話す。



 「下部組織出身の子も多い。心してかかれよ」



 その言葉に陽太は力強い表情で頷いた。



 

 七時一二分に陽太は玄関のドアを開けた。



 健司は再び朝刊を広げる。



 「映ってるの。うっすらだけど。スクラップしなきゃ」



 隣に立つ希の嬉しそうな声が健司の耳に届く。健司は一瞬だけ希へ視線を向け、再び紙面へ。



 「相手が県大会ベストエイト以上常連の強豪。無名のノーシードの学校が倒したら話題にもなるさ。そのうえ、一人で二得点。さすが大輔君だな」



 大輔は中学校のサッカー部を引退してから卒業まで健司の職場である南山取サッカースクールへ通っていた。



 「もっと上手くなりたい」という大輔の思いから両親に懇願し、通うことが叶った。



 そして、健司達の指導で更に能力が伸び、この大会での活躍に繋がった。




 紙面には大輔がシュートを放つ写真が。そして、その写真の中にうっすらではあるが「一九番」の赤いユニフォームも映っていた。



 健司は紙面の記事を眺めながら心の中で言葉を掛ける。



 陽太のプレーに興味を持ってくれた人物が現れた瞬間だ。だが、これで満足するな。お前のゴールはここじゃない。




 同じ頃、稲葉家のリビングで結衣が朝刊のとある紙面を眺めていた。



 「映ってるね、陽太君」



 幸恵の声で振り向く結衣の表情は嬉しそうだった。しかし、どこか赤みを帯びていた。



 「大したもんだよ、台府中央相手に。県ベストエイト以上の常連だからな」



 結衣の父、浩二が言う。



 浩二を見た結衣は再び紙面を眺める。



 目に映ったのは写真左の余白部分に記載された文章。


 結衣は嬉しそうにその文章を読んでいた。



 -後半アディショナルタイム二分。仙田からのスルーパスに松葉が右足で合わせ、山取東高校が勝ち越す。-

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