第六一節 「奪われたら取り返すまで」

 「一九番」はドリブルでピッチ中央を駆け上がる。



 台府中央高校の九番の選手がつく。それを見て「一九番」が樹へボールを出す。ボールを受けた樹は幸俊へボールを出す。


 ボールは繋がり、幸俊は右サイドを駆け上がる。


 そして、俊哉と孝彦は中央、亮太は左サイドを駆け上がる。



 三つのレーンが出来上がり、相手陣内へ侵入。幸俊は一度、俊哉へボールを預け、すぐに受ける。ボールを持った幸俊はドリブルで斜めに進むようにペナルティーエリア手前へ。


 そして、再び俊哉へ。


 ボールを受けた俊哉はドリブルでペナルティーエリア内へ。相手ディフェンスはシュートコースを塞ぐ。



 俊哉は後ろからサポートに回った孝彦へボールを送る。孝彦はそのボールを左サイドへふわりと上げる。


 ボールに反応した亮太が混戦の中、頭で合わせるが、GKの正面。そして、すぐさま、前線へ蹴り出す。



 ボールはセンターサークル付近へ。「一九番」と台府中央高校の六番の選手との競り合い。


 ボールは転がり、台府中央高校の一〇番の選手の足元へ。そして、左サイドを駆け上がる。幸俊がマークにつく。



 しばらく一対一の状況が続く。



 一〇番の選手がピッチ中央を見る。そしてすぐさまスルーパスを出す。



 絶妙なスルーパスだった。



 ボールは一一番の選手へ。ドリブルでペナルティーエリア内へ侵入すると、そのままシュートを放った。



 幸秀はピクリとも動くことができなかった。



 ゴールネットが揺れる。




 後半三〇分。


 台府中央高校の二得点目が記録された。



 ゴールネットを見つめる山取東高校のフィールドプレーヤー。


 台府中央高校の「うまさ」を見せつけられた瞬間だった。



 幸秀はボールをセンターサークルへ送る。樹が足元で受け、セットする。



 「仕方ない。相手が上手かった」



 公彦は幸秀の左腕に手を置き、言葉を掛ける。



 

 「上手かったな、あのスルーパス…。そして、ディフェンスを逆に利用した…」



 半分諦めの色が伺える公太の声が将達の耳に届く。



 残り時間は約五分と追加時間。ほとんど時間がない。相手は高校総体県大会ベストエイト以上の強豪校。


 

 ここまでか。



 公太がそう思った次の瞬間、将がある選手を見つめながら呟く。



 「さっきのプレーで更にエンジンがかかったかもな」



 彼の視線の際に映るのは悔しそうな表情を浮かべる「一九番」の姿。


 公太は将を見る。



 「公太。諦めるにはまだ早いぞ。ここからが始まりだぞ」



 ベンチの一年生が将を見る。



 

 大石は二人目の交代カードを切る。


 幸俊に代わり、大輔が入る。


 大輔はそのままRSHの位置へ。



 試合が再開し、樹から孝彦へ。相手陣内へ侵入するが、なかなかペナルティーエリア手前まで侵入することができない。



 ボールを受けた孝彦。後ろを振り返る。視線の際には山取東高校陣地内に立つ「一九番」の姿。


 孝彦は「一九番」へボールを送る。


 一瞬、戸惑ってしまった「一九番」の赤いユニフォーム。


 しかし、すぐに気を取り戻し、ボールをしっかり受ける。



 その時。



 「陽太!」



 その声に反応した「一九番」の視線の先には手を上げる大輔の姿。


 「一九番」は大輔にボールを出す。ボールは繋がり、大輔はドリブルで右サイドを駆け上がる。


 一〇番の選手が大輔につく。


 一対一。


 

 大輔は相手の動きを窺いながらピッチ中央を見る。



 視線の先には「一九番」の姿。



 次の瞬間、大輔は巧みなドリブルで一〇番の選手を抜き去る。そして「一九番」へショートパスを出す。


 ボールを受けた「一九番」は樹へ。再び「一九番」へと渡る。


 それを見て、大輔は相手ディフェンスの前へ。それと同時に「一九番」へサインを出す。


 心の中で頷いた「一九番」はドリブルでペナルティーエリア手前へ。


 「一九番」へ六番の選手がプレッシャーをかける。



 まるでそれを予想していたかのように「一九番」がパスを出す。そのボールはオフサイドトラップを上手く抜けた大輔に渡る。


 二対一の状況。


 大輔は「一九番」へ預ける。


 次の瞬間、大輔は裏へ抜ける。そして、逆サイドへ回り込んだ。


 「一九番」はスペースを見つけ、スルーパスを出す。


 大輔は再び裏へ抜ける。


 ボールは見事に繋がり、大輔の足元へ。


 ドリブルでディフェンスを一人かわし、軽く右足でボールを当てた。



 その瞬間、山取東高校のスタンドから歓声が沸き起こった。



 後半三四分。



 山取東高校が追いついた。



 樹達とハイタッチを交わす大輔の表情には笑みがこぼれる。



 「さすがだな!」



 公彦から手荒い祝福を受ける大輔。



 頭を下げる大輔。



 そして「一九番」の元へ。



 「さすが!」



 「一九番」の言葉に照れながら大輔はこう言う。



 「そっちこそ!」


 

 「一九番」は大輔の左肩に手を置く。そして、一瞬だけ大輔の背後に見える電光掲示板を見る。



 「奪われたら取り返すまで。取り返せてよかった。ここからだよ!」

 


 「一九番」は大輔を目を見ながらそう言い残し、ポジションへ戻る。大輔は「背番号一九」を見つめる。



「 『奪われたら取り返すまで』か。それを実行するのはなかなか難しい。でも、陽太は見事にやってのけた。それはどんなに上手い選手でも毎回できるものじゃない。技術云々じゃない…」



 ポジションへ戻る大輔。



 

 「すげえ…!」



 驚くように「一九番」を見つめる公太。



 「ミスを帳消しにできちゃうからな、陽太。自分自身のミスだけでなく、味方のミスも。それは、陽太の気持ちがそうさせているのかもな」



 将は微笑みながら陽太を見る。



 追加時間は三分。



 台府中央高校は素早いパスでボールを繋ぎ、シュートを放つ。


 このボールを幸秀が難なくキャッチし、公彦へボールを出す。


 公彦は一瞬笑みを浮かべる。そして「一九番」へボールを出す。「一九番」はドリブルで中央を駆け上がる。そして、亮太へパスを出す。


 亮太はドリブルでペナルティーエリア手前まで迫る。そして「一九番」へボールを繋ぐ。


 

 六番の選手が鬼気迫る雰囲気でプレッシャーをかける。


 それに怯むことなく、前線へボールを出す。



 スルーパスで繋がったボールは大輔の足元から放たれ、きれいにゴールネットに吸い込まれた。

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