第六三節 その人物が思う魅力が答え

 「陽太!」



 登校し、廊下を歩く陽太に真美が声を掛ける。


 陽太が振り向くと、どこか嬉しそうな真美の表情が目に映る。


 陽太は真美に歩み寄る。



 「載ってたよ」



 真美の言葉に陽太は一瞬何のことか理解できなかった。しかし、真美の説明でそのことを理解した。



 地域面の記事に真美も嬉しくなった。



 「大輔が上手かったから」



 照れ隠しをするように応えた陽太。




 それから間もなくして、陽太と真美の耳に男女の会話が届く。



 「大輔、載ってたね」



 舞子の声。



 「凄いよ!台府中央から二得点だもん」



 一組の槙原香奈まきはらかなの声。




 大輔は照れた表情を浮かべる。



 そして、三人の元に健人が歩み寄る。



 「モテモテだな!」


 「好かれてるわけじゃないから」



 否定するように笑いながら大輔が応えると、三人も笑った。



 

 前日の試合を思い出す大輔。彼の頭の中に流れてきたのは決勝点に繋がった「一九番」のスルーパスだ。その時の自身の様子について大輔はこう話す。



 「陽太から絶妙なスルーパスが来たから。『これは絶対決めないと陽太のスルーパスを無駄にすることになる』って」



 将達には簡単に決めたように見えたが、大輔自身は難しかったと話す。



 「ディフェンスの動きも見なくちゃいけないから。シュートの強弱のつけ具合とか難しかったよ。ほんとに」



 ほんの一瞬でディフェンスの動きを見ながらゴールを奪えるシュートの強弱を考える。簡単のように見えて難しい。


 大輔のような実力者でも「難しい」と思うことはある。



 陽太はそのことを知った。



 「陽太のスルーパスに応えることができた結果が地域面の写真に繋がったと思ってるから。陽太あってのあの写真だよ」



 大輔はそう言うと、空を眺める。

 


 その後、四人はサッカーの話題で盛り上がる。陽太は四人の楽しそうな姿を見つめる。


 

 「そんなことないよ。大輔が決めたから載ったんだよ。俺はおまけみたいなもんで」



 陽太が呟くように言うと、真美が応える。



 「しっかり陽太のプレーを見てくれた人がいたんだよ。興味を持ってくれたんだよ。陽太のプレーに」



 その声に陽太は振り返る。



 大輔は遠回しにそのことを話していたのかもしれない。



 

 「陽太のスルーパスから大輔がシュートするまでが詳しく書かれていたからなあ」



 猛が二人に歩み寄る。


 

 真美が話していたことはそれに直結していた。



 陽太の一つ一つの動きを見なければ詳しく書くことはできない。


 どのような状況から、どのようなコースで、どのようなボールを。


 これらのことが詳しく書かれていた。



 陽太のプレーに興味を持った人物が現れた証拠だ。



 「嬉しいな…!でも、照れちゃうな…」


 「照れ屋だねえ…。昔っから」



 真美の優しい声が陽太の耳に届く。



 全国的には無名だが、県内では名が知られ始めている。この段階では指で数える程の人数だろうが、その人物によって名が広まる可能性もある。


 惹きつけるようなプレーを見せることで更に。



 選手の魅力はその選手から感じ取ったもの。感じる魅力は人それぞれ。「魅力的」とその人物が思ったことがその選手の魅力なのだ。



 猛、真美、記者が陽太から感じ取ったものは全く違うもの。


 一緒に練習する仲間から見た陽太、サッカーボールを追いかける姿を長年見てきた友人から見た陽太、選手の情報がほとんどない状況の中で取材する記者から見た陽太。


 視点の違いは出てくるだろう。



 答えは一つではない。


 その人物が思う魅力が答えなのだから。



 

 猛は真美と笑顔で言葉を交わす。陽太は会話する二人を見つめる。



 「真美って凄いよな。誰とでもすぐに打ち解けることが出来るから。猛ともあっという間に」



 陽太から見た真美には雅彦に通ずるものがあった。


 それが陽太が真美から感じ取った魅力なのだろう。



 「褒めてくれたってことだよね。ありがとう!」



 笑顔で応える真美。



 陽太が頷くと、猛と真美は再び言葉を交わす。


 しばらくして、将が陽太に声を掛ける。そして、猛と真美を見る。



 「楽しそうだな、二人とも。何か、こっちも楽しくなるよ」


 「将!陽太に負けるな!」


 「いや、俺はもう既に負けたから」



 真美の言葉に笑顔でそう応えた将。しかし、その声に「冗談」という文字はなかった。



 「前に和正も同じこと言ってたけど、俺の方がまさってることって?」

 

 陽太が尋ねると、将は腕を組みながら空を眺める。



 「それは…!」


 「それは?」



 将はその先を話さなかった。



 気になり質問攻めをする陽太。しかし、将は口を割らなかった。



 「俺が勝っていること…。じゃんけん?」



 陽太の言葉に将は俯く。すると、体が震える。



 「どうしたんだよ?」



 陽太が右腕を伸ばそうとしたその時、将は顔を上げた。



 「ははは!確かに、じゃんけん強いよな、陽太」



 その瞬間、陽太の右腕は自然と下りた。



 「何故か分かんないけどね。じゃんけんだけは強いんだよね。何でだろ」



 右手の掌を見つめる陽太。




 陽太と将の会話を聞き、猛と真美は陽太とじゃんけんをする。



 「負けた。これで三回連続」



 猛は「チョキ」を作った右手を見つめる。




 「負けた。昔っから強いよね、陽太」



 「グー」を作った右手を見つめる真美。




 「よし、俺も!」


 「じゃーんけーん…」



 「パー」を出した将。



 陽太は「チョキ」を出した。



 「陽太、何連勝だよ、これで」


 「何連勝だろ…」



 彼の周りをやさしい笑い声が包む。





 その様子を教材を運ぶ長谷川が見ていた。


 とてもやさしい表情で。



 

 ベンチにいたら監督としては安心するだろうな。ここぞって時に一番頼れる選手。それが仙田、お前だ!



 

 小さく頷く長谷川。



 「もう一回!」


 「まだやるの!?」


 「勝つまで!ほら、陽太!」



 再び真美が挑み「チョキ」を出す。


 

 「ほんと強いね、陽太」




 これも陽太の魅力なのかもしれない。

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