第五七節 「陽太はあいつを超えるかもしれない」
正午過ぎ。試合を観戦していた一人の男性は小賀市サッカー場近くの駐車場へと歩く。
しばらくして、駐車場へ到着した。同時に男性の携帯電話が震えた。
男性は画面をタップする。
すると、男性の声が彼の耳に届く。
「仙田君」
「おお。さっき、試合が終わったところだよ、森君。二対一の逆転勝利だ」
健司と森は携帯電話を持ちながら、笑みを浮かべ、言葉を交わす。
話題は陽太について。
「顔は似てないけど、どこか仙田君に似てると思ってさ」
「顔は妻似だからな。まあ、サッカーという競技が俺に似せたのかもな」
笑って応える健司。しかし、それは外れているようで当たっているのかもしれない。
健司は大学まで選手としてプレーし、卒業後に職場であるサッカースクールを運営する会社へ就職。
実は、健司も陽太と同じくプロサッカー選手を目指していた。
森が陽太は健司に似ていると思った理由はそれなのだろう。
健司は陽太とは正反対に、小学校時代から素晴らしい活躍を見せ、高校は強豪校へ進学。大学へはスポーツ推薦で進学。
健司はプロサッカー選手になる自身の姿を思い描いていた。
しかし、大学入学後、練習での同期生のプレーを見て、その夢を諦めた。
俺なんか足元にも及ばないな。次元が違い過ぎる。俺にはあいつに勝てるような突出したものがない。プロになるのは諦めよう。プレーは大学で終わり。卒業したら指導者になろう。そして、あいつを超える選手を育ててみたい。
そう思い立った健司は四年生時に指導者講習を受講し、子どもを指導するために必要なライセンスを取得。そして職場となる会社へ入社し、施設管理部を経て、スクール部へ配属された。
多くの教え子が高校やプロの下部組織で活躍。そして、プロの世界へ飛び込んだ教え子もいる。
彼らの活躍は健司にとっての喜び。
いや。
陽太の活躍もだ。
一回戦の陽太のプレーを見て、父である健司自身も圧倒された。その姿は大学で出会った健司のプロサッカー選手になるという夢を打ち砕いた選手にどこか似ていた。
歩んできた道は違うだろうが、陽太はその選手と似たものを持っていたのかもしれない。
いや、また別なものを。
陽太はあいつを超えるかもしれない。
健司の耳には嬉しそうな森の声が。健司は森の声を聞き、嬉しそうな表情を浮かべていた。
四時二分。
「勝ち上がってきたか。ベンチに入れないのが悔しいな。けど、これでよかったのかもな」
「二年後の楽しみのためにも?」
「そういうことだ!」
敦は真美と携帯電話越しに言葉を交わす。真美は練習終了後の帰りの列車内で偶然陽太と会い、結果を耳にした。
「二回戦、どこと?」
「台府中央」
「いきなりだね。何かの運命なのかもね」
「うーん。そうかもしれない」
「そこは否定してよ!」
笑いながら返す真美。
「ごめん、ごめん!でも、そんな気がしてさ。何だろうね」
笑いながらそう言うと、陽太は窓の外の景色を眺める。見慣れている景色が吊革に掴まる二人の目に映る。
「全国へ行くための一番の壁は台府中央ってことなのかな」
陽太はふと呟く。真美は陽太の横顔を見る。
陽太の言葉を聞き、真美は結衣の言葉を思い出していた。
結衣が言ってたっけ。『二年後、陽太の前に一番の難敵として立ちはだかるのは台府中央』って。
これは健司も同じ考えだった。
「敦がいるからかな。俺のプレーをよく知ってるし。逆に、俺は敦のプレーをよく知ってる」
これが試合ではどう出るのか。この段階では分からない。
有利に働くこともあれば不利に陥ることもある。
互いの特徴をチーム内で共有し、対策を練ることもあるだろう。だが、データ通りにいくとは限らない。
何が起こるか分からないのがスポーツなのだから。
「南山取に到着です」
ドアが開き、二人は列車から降りる。
「台府中央の壁を越えてみせるぞ!」
南山取駅の改札口を抜け、陽太は意気込んだ。その後姿を真美は微笑みながら見つめていた。
「二年後、楽しみにしてるよ。陽太との直接対決。でも、山東を応援するよ」
真美が言うと、敦は口元を緩める。
「全力で倒しに行くよ。山東を」
そう言うと、敦は部屋の窓から空を眺めた。空は茜色に染まり始めようとしていた。
その日の晩。
「陽太はあいつを超えるかもしれない。今日の試合で確信したよ」
和正はある人物と通話していた。
「俺も。大輔が『DMFを諦めた』って言った理由が改めて分かった」
相手は将。
サッカーの話題で盛り上がる二人。
その中で、ある人物の名前が上がった。その人物の顔を陽太はまだ知らない。だが、いずれ知ることになる。
二人は窓から夜空を眺める。
「あいつと陽太の対戦、見てみたい。もちろん、ピッチで」
将の言葉に和正が頷く。
「陽太があいつに勝って、そして、あいつの高校を倒して頂点だ!」
和正の力強い言葉が将の耳に届く。
二人は笑顔で言葉を交わす。
陽太があいつを超えた時、それは…。
二人の心に出た言葉はそこで止まった。
同じ頃。
陽太は部屋でサッカー雑誌を読んでいた。その雑誌にインターハイ決勝へ進出した高校の特集が掲載されていた。
陽太は夢中になって読み進める。
凄いよな。吉体大附属から三点獲ってるんだもん。でも、最後は二点差で吉体大附属の勝利。やっぱり強いんだな、吉体大附属って。でも、吉体大附属から三点獲ったこの高校も。しかも、ハットトリック。どんな選手なのかな。
陽太は記事を読みながら考える。
その選手こそが和正と将の言う『あいつ』だ。
そして、健司の言う『あいつ』はその選手の…。
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