第四八節 「二年後、そいつは大化けする」
八月二八日。
夏休みが終了し、この日から授業が再開。
陽太は朝食を済ませ、玄関のドアを開けた。
南山取駅へ到着すると、多くの学生がホームで列を作っていた。
陽太は改札口正面の列に並び、列車を待った。
すると、背後から陽太を呼ぶ声が耳に届く。陽太はその声に気付き、後ろを振り向く。
視線の先には笑顔で立つ敦の姿が。その瞬間、陽太の表情にも笑顔がこぼれる。
同時に列車接近のアナウンス。それから一分ほどしてホームに列車が到着し、二人は車内へ。
ドアが閉まり、列車が動き出した。二人は吊革に掴まりながら列車に揺られる。
窓から見えるのは変わりない日常の景色。だが、陽太にはどこか新鮮に映っていた。
「ずっと部活に行くために乗ってたから、何か新鮮な気持ちだな」
敦が微笑みながら陽太を見る。そしてすぐに正面の窓へ視線を移す。
「陽太、練習試合で活躍したんだってな」
陽太が敦の横顔を見つめる。
自分自身では活躍したとは思っていない陽太。だが、自身のプレーが得点に繋がった。それも活躍だろう。
「北東相手に無失点。しかも、一年生が繋いで得点。陽太の活躍あってだって将が言ってたぞ」
「将達に助けられたから、俺は」
褒められたことは嬉しいが、その気持ちをなかなか出さない陽太。
それは、陽太の中に固い信念があるからだ。
「中学から変わらないな、そういうとこ」
微笑む敦。
「小学校時代の経験があるから」
一瞬の気の緩みが命取りになる。小学校時代、陽太はそのような場面に幾度となく遭遇してきた。それが中学校、高校で活きている。
「敦はリーグ戦、どうなんだよ?」
「俺はベンチに入れなかった。試合の日は学校で練習だよ。和樹は入ったらしいけど」
陽太の表情が若干強張る。
「そういえば、あいつってどこの高校なの?」
敦は陽太の表情に少し驚くようにこう答える。
「
仙谷高校は台府市にある私立高校。県内のサッカー強豪校の一つで、高校生リーグに属する。
そのサッカー強豪校に在籍しているのが、
和樹は陽太とは比にならないほどの技術を持ち、中学校入学後最初の大会では一年生でただ一人ベンチ入りを果たした。
ポジションはOMF。当時の陽太と同じポジション。陽太は和樹の壁を越えることが出来なかった。
いや。
「俺は陽太の方が良い選手だと思ってたけどな」
敦の言葉に耳を疑う陽太。
「俺とあいつじゃ天と地ほどの差だよ」
「いやいや。陽太はそう思ってるかもしれないけど、俺はそうは思わない。出場時間は少なかったけど、陽太が出ると、試合を良い方向へ運んでいた。それは、どんなに技術がある選手でも簡単に出来ることじゃない」
吊革を掴みながら静かに息をつく陽太。
「全体的に見たら、陽太の方が上だよ」
笑顔の敦。
彼の言葉から間もなくして、列車は減速し、東山取駅へ到着。
「じゃあな」
笑顔で敦に手を振る陽太。
敦も笑顔で手を振り、陽太を見送る。
しばらくし、列車が発車。陽太は階段を上る。
陽太の姿が見えなくなると同時に、敦は携帯電話を制服のズボンのポケットから取り出す。
画面を点灯させ、右手で操作する。
数秒後、その手を止め、車内の窓を見つめる。
陽太は間違いなく凄い選手になる。中学に上がって陽太と出会った時からそんな雰囲気があった。弱点が原因でベンチスタートだったけど、試合では良さを出していた。あれは、陽太にしか出せない。和樹、二年後の山東は間違いなく俺達にとって一番の難敵になるぞ。陽太に将、そして…。
スター選手はいない。だからこそ手強い。
「終点の台府に到着です」
ドアが開くと、敦は気を引き締めるようにホームへ降りた。
「おはよう!」
陽太が教室へ入ると、クラスメイトの
「和樹は練習終わりにたまに会うよ。その時話しながら帰るんだけど、その中で陽太のことが話題になるの」
まさか、悪い噂じゃないだろうか。陽太は一瞬不安になったが次の瞬間、その気持ちは吹き飛んだ。
「中学時代と変わらない感じだけど、どこか焦ってるというか、そんな感じだったなあ。陽太の活躍を知ってその気持ちが生まれたんだろうね」
和樹が焦る。
陽太にとっては考えられないことだった。
陽太から見た和樹は強気で自信たっぷりの男子生徒。陽太とは水と油。
いつも陽太に対して大口を叩く部分がある。
その和樹が焦っている。
和樹にとっては投げた石が跳ね返ってくるような感覚だ。
「絶対見返してやりなよ!」
舞子の言葉に陽太は力強く頷く。
チャイムが鳴るまで言葉を交わす二人。
「絶対全国行ってよ?」
「女子も絶対行けよ?」
廊下で和正達と言葉を交わしながら笑顔で二人を見つめる将。
その日の七時過ぎ。
敦は列車で偶然和樹と会った。
言葉を交わす二人。
「大した選手じゃないのにな」
大口を叩く和樹。
それを聞いた敦はこう返す。
「和樹。二年後、そいつは大化けするぞ」
「そんなわけねーだろ」
笑いながらそう話す和樹。
すると。
「更に上に行くだろうな。あいつは…」
敦の言葉で和樹の表情が変わる。
「何言ってんだよ…」
しばらくして、列車は東山取駅に到着。
ドアが開くと二人の目には車内で話題に上がった人物の姿が映る。そして、車内へ。
「帰りも会うなんてな」
敦が笑顔で陽太に声を掛ける。
「運命的だな」
「大袈裟だな」
陽太の言葉に笑いを交えながら返す敦。
和樹は陽太を見る。
視線に気付き、和樹を見る陽太。
すると、和樹は吊革から手を離し、前方車両へ。彼の後姿を見つめる二人。
そして、ガシャン、と車両と車両を繋ぐドアが閉まる。
「何だよあいつ」
陽太が言うと、敦はドアを見つめながら心の中でこう呟く。
陽太の雰囲気から何かを感じたんだろうな。強気で自信たっぷりの和樹が縮みこんでるように見えた。間違いなく、あいつにも影響を与えている。今から山東と対戦するのが怖いな。でも、負けないからな。当たったら全力で山東を倒しに行くぞ!
それからすぐに敦は陽太へ顔を向け、笑顔で言葉を交わす。
友として。そして、
その頃。
車両を移動した和樹は不意に車内の蛍光灯を見つめる。
絶対負けねーぞ。お前なんかに負けてたまるか。大した選手じゃねーのに。絶対、全国には行かせねーからな。
列車は鉄道橋へ差しかかかる。同時に大きな音を立てながら走行する。
陽太と和樹はその音を聞きながら薄暗い外の景色を眺め、静かに闘志を燃やした。
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