第四九節 二次予選で一番活躍しそうな選手
九月一一日。
冬の選手権県二次予選の組み合わせが発表された。
トーナメント表へ目を通す陽太。
「どうなるか分からないな…」
山取東高校の一回戦の対戦高校は稲松商業高校。一次予選でシード校である
どのような選手がいるのか、どのような戦術で勝ち上がってきたのか。山取東高校にはその情報が全くない。
参考になるのは一次予選の対戦スコアと得点者のみ。そのわずかな情報から対策を練るのは難しい。
この日の練習終了後、大石は練習場で森と言葉を交わす。
「
「はい。一次予選は無失点で勝ち上がっています。堅い守備からカウンターを仕掛けてくるかと」
腕を組みながら暗くなった空を見つめる大石。
堅い守備をどのようにして打ち破るか。ボールを奪われ、カウンターを受けた時、その攻撃を止めることができるか。
「自分達のサッカーを展開しつつ、それに対応できる動きを身に付けないといけないな」
大石はそう言いながら体育館を見る。
「おつかれー」
男子サッカー部員が次々と更衣室を出る中、陽太はロッカーの前で着替えていた。汗を多く含んだ練習着を脱ぎ、右手で持つ。
「一段と重いな…」
そう呟くと、体育館の外にある足洗い場へ。そして、練習着の汗を絞る。
蛇口から水を出し、コンクリートの汗を洗い流す。
数秒後に水を止め、空を見つめる。茜色の空に小さな雲が浮かんでいる。陽太はその雲を眺めながら列車内で和樹に会ったことを思い出す。
和樹は陽太に何かを言いたそうにしていた。それは陽太に伝わっていた。
中学校の頃から和樹にあれこれ言われていた過去があるからだ。その度に悔しい思いをした陽太。
いつかあいつを見返してやりたい。
その気持ちは消えていない。
「あいつからしたら、俺が試合に出ることなんて気に食わないよな。俺の方が何倍も下手だから。今のあいつのプレーは見てないけど、強豪校で一年からベンチ入りするくらいだから、やっぱり凄いんだろうな…」
和樹は六月の高校総体県大会二回戦で先発出場を果たし、アシストを記録した。準々決勝で隹海高校に一対三で敗れたが、ベストエイト入りを果たし、冬の選手権の特別シード権を獲得した。
和樹のいる仙谷高校、敦のいる台府中央高校、和正が通っていた中学校の系列高校である隼仙学院大学附属高校…。
一次予選で城宮学園高校を破った稲松商業高校、二試合で九得点を記録し、二次予選へ駒を進めた浜渡高校…。
そして、全国大会常連の吉田体育大学附属高校。
特別シード権を獲得したのは浜渡高校を除く高校生リーグに属する七校と高校総体県大会ベストエイトに入った台府第三高等学校(以後、台府第三高校)。
これら八校と一次予選を勝ち上がった一六校、合計二四校で一枚の全国への切符を争う。
一次予選ではシード校が次々と敗れるという波乱が起きた。
二次予選ではどのようなドラマが生まれるのだろうか。
「可能性は限りなく低いけど、ベンチ入り出来たらいつでも出られるように準備しないとな」
どこかやさしい表情で呟き、体育館へと入った。
翌日。大石は稲松商業高校対策の練習を取り入れた。とはいっても、実際に試合を観たことはない。しかし、おおまかな型は分かっている。
「カウンターを狙ってくる。そうなった場合…」
大石は小さなホワイトボードと磁石を使いながら動きを指示する。
これがハマるかどうかはまだ分からない。しかし、練習することでそれが新たな戦術になるかもしれない。
ハマれば大きな武器となるだろう。
「そう来たら…!そう!」
大石の声が練習場に響く。いや、野球場と女子サッカー部の練習場にも。
七時二〇分過ぎ。
練習を終えた野球部員が練習場から男子サッカー部の練習を見る。女子サッカー部員は練習場の外から練習を見る。
陽太は猛とマッチアップ。ボールを奪いに行くが、股下を抜くスルーパスを出された。陽太は悔しそうな表情を浮かべる。猛はどこかほっとしたような表情を浮かべる。
「猛の
舞子の言葉に瑞穂が頷く。
スルーパスがあってよかった。
心の中でそう呟いた猛は攻撃に参加。
「もうちょっとで止められたのに…」
悔しさを滲ませた陽太はゴール前へ。
そして、卓人のシュートを体を張ってブロック。
卓人は天を仰ぐ。
大石は陽太を見る。
「ありがとうございました!」
練習を終え、体育館へと入る男子サッカー部員。その後姿を見つめながら大石が森に言う。
「森君から見て、二次予選で一番活躍しそうな子は誰だ?」
大石の問いに少し間を置き、答える。
すると、大石は小さく頷く。
「可能性はあるな」
同じ頃。
「誰が一番活躍するかな」
瑞穂の問いに舞子が答える。
「入ってほしいよね!」
瑞穂は舞子の答えに笑顔で彼女を見る。
「絶対誰かが凄さに気付いてくれるから…!」
舞子は囁くように声を出す。
同じ頃、その人物は赤い練習着を左手に携え、体育館を出た。
そして、誰かの言葉を受け取ったように頷く。
やさしくもどこか力強い表情で。
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