第四七節 安心感を与える存在
八月一二日。練習終了後、体育館へ入ると、偶然真美に会った陽太。真美はタオルで汗を拭いながら笑顔で陽太に声を掛けた。
「サッカー部練習終わったんだ。こっちも今終わったところなんだ」
「今日もハードだったみたいだな」
真美の声で練習の強度が何となくだが伝わった陽太。
山取東高校女子バスケットボール部は県大会三回戦まで勝ち上がった。しかし、その三回戦で中町中央高校を破った隼明高校に五三対一一二と大敗を喫した。真美は三回戦で途中出場したが、何もさせてもらえなかった。
「ディフェンスが堅くて、なかなか攻撃を仕掛けられなかった。それに、何度もボールを奪われた。『上手いディフェンスってこういうディフェンスのことを言うんだな』って」
ボールを奪われ、そこからシュートまでもっていかれ、失点を重ねた。真美は自身の実力の無さを思い知らされた。
「中町中央があれだけの大差をつけられるんだから、私達が負けたのは必然だったのかも」
山取東高校女子バスケットボール部はディフェンスを一から鍛え直すことを掲げ、フットワーク強化を図っている。
「ディフェンスか…」
ふと呟いた陽太。
山取東高校男子サッカー部は五月の練習試合で大敗を喫して以降、ディフェンスをより強固なものにした。
負けないためにはディフェンスから。当たり前ではあるが、負けないディフェンスを築くことは簡単ではない。
実際、失点は減ったが、大石と森はこの状況に満足していない。
もちろん、部員も。
得点を奪えなければ勝つことはできない。どうすれば得点が奪えるのか。誰が起点になるのか。
ボールを全体的に回すことができる選手。チャンスメイクができる選手。
勝つためにはこういった選手も必要だ。
ディフェンスがより強固なものになれば、その選手は相手にとって脅威だ。
「ディフェンスを固めて、そこからカウンターっていう戦術もあるし。他の戦術と組み合わせて絶対勝ってみせる!」
真美は笑顔でそう話す。
カウンター攻撃は相手に大きな脅威を与える。成功率を上げるためにはドリブルでの突破力やチャンスメイク力なども必要になってくる。
優斗や猛、大輔などがそういった選手に当てはまるが、大石はもう一人、そういった選手を見つけた。
「そのためには、全体を動かせる選手は絶対必要だよね」
真美の言葉に陽太は頷く。
全体を動かすことができる選手がいることで、安心感も増す。そのためには、チームメイトからの信頼を得なければならない。
信頼を得ることは簡単ではない。どんなに上手い選手でもだ。
監督も安心して任せることができる選手。そういった選手が現段階の男子サッカー部と女子バスケットボール部に必要だった。
そういった選手について話す二人。すると、その話が耳に入った健人が陽太にこう言った。
「いるぞ。一年に」
陽太と真美が健人を見る。
「後ろから見てても頼もしいというか『あいつがいれば大丈夫だ』って思える奴」
陽太はその部員を尋ねる。
すると健人は笑みを浮かべながらこう言う。
「一年にいるよ!」
「だから誰だよ!」
じゃれ合うように言葉を交わす健人と陽太。
やさしい表情で二人を見つめる真美。
真美の表情は答えが分かっているようだった。
しばらく三人で言葉を交わし、陽太と健人は更衣室へ。
真美は同じ女子バスケットボール部の
「仙田君だっけ?真美の友達の。健人が『あいつがいれば、全国に行ける!』って言ってたよ」
「陽太が聞いたら喜ぶよ」
笑顔でそう話す真美だが、どこか自分のことのように嬉しかった。
「私、サッカーは素人だけど、その目から見ても陽太は上手いって思ってた」
「なかなかサッカー部の練習観られないから私は何も言えないけど、健人が『いいなあ』って。今までにいなかった選手らしくて」
真美は興味深く恵の話に耳を傾ける。
そして、笑顔で頷いた。
「勿体無いよね。自分の良さに気付いていないこと」
真美はそう言いながら男子サッカー部の更衣室の方向を見る。
「おつかれー!」
男子サッカー部員が続々と更衣室を出る。陽太は椅子に腰掛け、タオルで胸部の汗を拭く。
しばらくして、健人の言葉を思い出す。
誰なんだろうな…。『後ろから見ても』って言ってたから、前線の選手なんだろうな。
誰なんだろう…。
真美が聞いたらどういった反応を見せるだろうか。
二時七分に自宅へ到着した陽太。陽太が靴を脱ぐと、陽菜がリビングのドアを開け、笑顔で駆け寄る。
陽菜の頭に笑顔で手を置いた陽太は脱衣所へ。陽太の後姿を見つめる陽菜の表情はどこかほっとしたようだった。
その晩。
「あいつはチーム全体に安心感を与えるだろう」
健司は希にそう話す。
「それは、生まれながらにして持っているものじゃない。多くの経験をしてきたからこそだ」
もし、自分がチームメイトだったら。陽菜はチームメイトに駆け寄るように陽太の元へ。
その時に健司が話していたものを実感した。
多くの経験をしているからこそ、ピンチになっても動じることなく対応できる。「この場面ではこのプレー」とその状況に合ったプレーを選択できる。
だからこそ、信頼される。
「中学時代、出場時間は短かったが、その状況に応じたプレーを見せていた。それがこの前の練習試合でも発揮されていた。そして、チームメイトから慕われているようだった」
陽太の存在はチームメイトに大きな影響を与えていた。それは、陽太が成長した証。
健司の話に耳を傾ける希。
同じ頃。健人は自宅で和正と通話していた。その中である部員の話題になった。
「あんな選手はなかなかいないよ」
健人の言葉に和正が笑顔で「まったくだ!」と返す。
二人は携帯電話を握りながら、やさしい表情で言葉を交わす。
「理由は分からないけど、ピンチの時にあいつがいたら何とかなる気がして」
和正が頷く。
その部員はピッチ上の選手に安心感を与える存在。
二人はそう話す。
「一生会えるか会えないかくらいの奴と同じ学校になったんだな」
そう言いながら、健人は部屋の天井を見つめる。
和正はやさしく目を閉じる。
そして、心の中でその部員に言葉を掛けた。
お前がいれば本当に全国に行けると思ってる。それは、お前が俺達に安心感を与えてくれるからだ。だからこそ、皆信頼を寄せている。もちろん、俺も。自分では気付いてないかもしれないけど、それがお前の良さだ。
そして、心の中の言葉に続くように健人の言葉が和正の耳に届く。
笑顔の二人。
「ん?」
何かを感じ取ったように部屋を見渡す陽太。しかし、誰もいない。
「気のせいか」
サッカー雑誌の頁を捲る陽太。
二人の言葉が陽太の心に届いた瞬間だったのかもしれない。
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