第四四節 勝つために必要なもう一つの武器
「ありがとうございました!」
七月二四日の一時二五分。夏休み最初の練習が終了。陽太は洗い場で練習着を絞っていた。
蛇口から流れる水で膝を潤す陽太。すると、一人の一年生部員が陽太に声を掛ける。
「練習強度上がってきたな。二次予選に向けてだろうけど」
陽太は彼を見る。そして、頷いた。
陽太に声を掛けたのは
ポジションはSHが本職だが、SBとWBもこなす。
彼は普通科に在籍している。男子サッカー部で唯一、体育科に在籍していない部員だ。
体育科への進学を考えたが、卒業後の進路を考慮し、二年次に希望する進路に合ったコースを選択できる普通科へ進学した。
最初は体育科の部員と馴染むことができるか不安だったが、陽太と和正が仲を取り持ち、あっという間に溶け込むことが出来た。
「メンバー、どうなるんだろうな。大石先生は白紙って言ってたけど」
陽太はそう言うと、蛇口を閉めた。
先日の練習試合では陽太をはじめとした一年生六人がスターティングメンバーに名を連ねた。しかし、陽太は五人と違った理由。
「俺、後半から途中出場だったけど、何も出来なかったな…」
「そんなことないって。将がいたから無失点でゲームを締めることができたんだから」
リザーブメンバーとしてベンチ入りを果たした将。
彼は二対〇の後半二一分からLSBとして出場。相手選手のドリブル突破を阻むディフェンスを幾度となく見せ、無失点に貢献した。
小学校時代に一緒にプレーした和正は「SBじゃ俺は将に一生勝てない」と話していた。そして、小学校を卒業したその三年後に改めてそのことを実感させられた。
「和正がそう言ってた理由が分かった」
同じSBの誠が笑顔で歩み寄る。
相手が侵入した時の動き、攻撃と守備の切り替え時の動き、クロスの精度。
誠はあらゆる視点から将のプレーを見ていた。
誠の言葉に喜ぶ将。しかし、どこか現在の自分に満足していない様子だった。
「でも、やっぱりSHで出たいという気持ちが強いんだ。一番自信のあるポジションだから」
猛、大輔という冬の選手権県二次予選のメンバー候補にも入るであろう二人。将は彼らに対抗心を燃やしていた。
「自信のあるポジションか…」
将の言葉で空を見つめた陽太。
自分の自信のあるポジションはどこなのか。これまで考えたこともなかった。
いや、皆に追いつくことで精一杯で、考える暇もなかった。
中学校まではOMFがメインだった陽太。しかし、自信があるポジションかどうかは本人にも分からない。
将は陽太を見る。
「陽太はDMFがピッタリだと思うぞ。練習試合で改めてそう思った」
将の言葉に誠が頷く。
それは、OMFには向かないという意味ではない。
その答えは陽太のプレーの中に隠されていた。
「大輔達にはないものがあるから。それを活かすならDMFがピッタリだよ。それに…」
将はその先を話さなかった。
陽太は気になり尋ねたが、将は口を
その後しばらく三人は他愛もない話で盛り上がった。その様子を和正が遠くから見つめる。
「俺も陽太はDMFがピッタリだと思うぞ」
そう呟き、体育館へ向かった。
三時一二分。陽太は帰宅し、練習着を洗濯機へ。そして、階段を上った。
部屋に入ると、無意識にサッカー雑誌を手に取り、頁を捲る。しばらくして、手が止まる。陽太の目にはとある選手のプレー写真が掲載されていた。
牧潤一のプレー写真だった。
彼もDMF。所属チーム、日本代表で不動のDMFとして攻守に渡って素晴らしい活躍を見せている。
陽太は彼の特集記事を夢中になって読み進める。
その中に、活躍するためのヒントが隠されていた。
-自分のことを客観的に見ることも大事だと思います。悪い所も、良い所も。それが、更なる成長に繋がると思っていますから。-
その言葉が目に飛び込んだ瞬間、天井を見つめる。
「良い所か…」
それから数秒後に再び特集記事を読み進める。そして再び天井を見つめる。
勝利に繋がるヒントが隠されていた。
「チーム全体を知らないといけないな…」
そう呟きながら雑誌を閉じ、本棚へ戻した。
翌日。練習の最後にミニゲームを行なった。陽太は将と同じチーム。陽太はDMF、将はLSHで出場した。
三〇分二本のミニゲーム。その中で陽太は自身プレーに若干の手応えを感じた。
二本目の七分。公太からボールを受けた陽太は左サイドを見た。視線の先に将の姿が映る。
確か将は…。
陽太はあることを思い出した。
それから…。
一度右サイドの大輔へ視線を送った後、再び将を見る。
そして、サインを送るように相手チームの和正を見る。将は陽太を見て彼の狙いを理解した。
それから言葉を発する間もなく陽太は長いボールを前線へ送る。それを見た将は公彦の裏へと回る。
オフサイドトラップを上手くかわし、ボールの落下地点へ。そして、足元で上手く受けた。
将には和正がつく。将は周囲を見渡す。
その時、大輔がサポートへ。
将は大輔へスルーパスを出す。ボールは上手く繋がり、大輔の足元へ。そして、大輔はそのままクロスを上げた。
ボールはゴール手前ほぼ中央。そのボールに反応した大二郎が右足で合わせた。
和正がボールへ足を出したが、ボールは枠を捉え、きれいにゴールネットへ吸い込まれた。
ハイタッチを交わす大輔と大二郎。
二人を見てガッツポーズをする将。
大輔と大二郎は将とハイタッチを交わす。
「ナイスパス!」
大輔の言葉に笑顔を見せる将。
そして、陽太の後姿を見つめる。
「陽太のパスがあったから」
将が言うと、大輔と大二郎が笑顔で頷く。
「やっぱり、陽太はDMFがピッタリだな。ボールが回るし。それに、練習試合でのあの雰囲気も」
公太と言葉を交わす陽太の後姿を見つめながら大輔が言う。
総合的に見て、まだまだ大輔には及ばない。しかし、大輔にはないものを陽太は持っている。
「次は優斗に繋いでみるか。突破力があるから、そこから…」
陽太は新たな武器をまた一つ手に入れようとしていた。
勝つために必要なもう一つの武器を。
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