第四三節 花火

 七月二一日。山取東高校では、終業式が執り行われた。この日は練習が休みとなり、午前で下校。陽太は教室で帰宅の準備を進める。


 時刻は一一時三二分。二組の生徒は次々と教室を出ていく。陽太は楽し気な会話を耳に挟みながらバッグのファスナーを閉める。


 窓の外の景色へ目をやると、快晴の青空が広がる。そして、太陽が眩しく輝く。



 青空を眺めると、ある人物の姿が頭に思い浮かんだ。意識的にではなく、無意識に。それが何を意味しているのか。陽太には分からなかった。



 しばらくし、陽太はバッグを手に持つ。そして、教室を出ようとしたその時、陽太の携帯電話に一通のメールが。



 「結衣」



 メールを開封し、文章に目を通す陽太。読み進めるにしたがって、陽太の表情に笑みがこぼれる。



 読み終えた陽太は結衣へ返信のメールを送り、教室を出た。



 

 「ただいま」



 一二時三七分に帰宅した陽太。玄関のドアを開けると、陽菜が笑顔で出迎える。



 陽太をじっと見つめる陽菜。そして、何かに気付いたかのように尋ねる。



 「遊びに行くの?」



 核心を突いたような質問。しかし、陽太は動揺を見せずに答える。



 「ああ。明日の夜に結衣とね」


 

 陽菜は「ふーん」と言いながら陽太の制服の左胸ポケットを見る。何も入っていないが、見えない何かが陽菜には見えた。



 「楽しんできてね」


 「ありがとう」


 

 笑顔で陽菜の頭を撫で、陽太は階段を上る。その足取りは普段よりも軽かった。



 

 夕食後、希が陽太に尋ねる。



 「明日、結衣ちゃんと出掛けるんでしょ?」


 「うん。花火大会に行ってくるよ」


 

 陽太と結衣は幼少の頃、希、幸恵と共に花火大会へ足を運んでいた。中学校に上がってからは二人で行くようになった。


 陽太と結衣にとって花火大会へ行くことは恒例行事となっていた。


 

 「またわたあめ落とさないようにね」


 「大丈夫だよ!」



 陽太は笑った。



 陽太は幼少の頃、おっちょこちょいだった。



 

 翌朝、六時四二分。階段を下りた陽太はダイニングの椅子へ腰掛け、朝食を摂った。この日は昼過ぎまで練習。



 「ごちそうさま」



 陽太は食器をキッチンの流しへ運んだ。希が食器を洗い、陽太は水筒へ氷を入れる。



 そして、七時二〇分に玄関のドアを開けた。


 陽菜は玄関で陽太を見送る。その様子を希が見つめる。



 「陽菜も行く?」



 希の問いに陽菜が笑みを見せる。



 「うん!」



 

 一時一七分。練習を終えた陽太は和正と言葉を交わす。



 「花火大会か。毎年この時期にやってるもんな。誰と行くんだよ?」


 「結衣と」


 「あの子か」


 

 すると、二人の会話が耳に届いた大二郎と原幹英はらみきひでが笑顔で歩み寄る。



 「何だよ。デートか?」


 「恒例行事みたいなもんだよ。大二郎」



 笑って返す陽太。



 「『恒例行事』って。まあ、楽しんでこいよ!」


 「ありがとう!」



 幹英の言葉に笑顔で返す陽太。



 

 

 二時二七分に玄関のドアを開けた陽太。陽菜はスクールで練習。



 靴を脱いだ陽太は練習着を洗濯機へ入れ、二階へ上がる。着替えを済ませ、椅子へ腰掛ける。


 

 花火は七時三〇分から上がる。陽太と結衣は六時過ぎに会場を訪れる予定となっている。

 


 だいぶ時間がある。そう思った陽太はサッカーボールを手に、庭へ出た。



 「この時間を有効に使わないと…」



 ドリブル練習を始める陽太。相手がいることを想定し、ジグザグにドリブルで突き進む。



 「こう来たら…」



 練習に夢中になっているといつの間にか五時を過ぎていた。



 練習で汗をかいた陽太はシャワーで汗を洗い流す。そして、着替えを済ませ、二階へ上がる。



 「財布と…」



 持ち物を確認し、陽太は希に声を掛け、玄関を出た。陽太とほぼ同時に結衣が玄関のドアを開けた。そして、庭を出た。



 「行こうか!」


 

 結衣の言葉に陽太は笑顔で頷く。


 

 言葉を交わしながら会場へ歩いて向かう二人。



 「陽太は明日練習?」


 「日曜まで休み。ハードな練習が続いたから」



 山取東高校は冬の選手権一次予選終了後以降、練習強度が上がった。これにはある理由があった。


 しかし、陽太達の耳には届いていない。


 理由はいずれ分かるだろう。



 五時五八分。少し早いが、会場へ到着した二人は出店している屋台を見て回った。



 「美味しそう…」



 陽太はあるものに目が留まった。



 たこ焼きだ。匂いに誘われるように店先へ赴く陽太。弟を見守るように陽太の後ろを歩く結衣。


 代金を支払い、たこ焼きが詰められたパックを受け取る陽太。そして、笑顔で結衣へ顔を向ける。



 「わたあめと同じくらい好きだもんね。たこ焼き」


 「毎年恒例だから」


 「何それ!」



 笑い合う二人。


 少し歩き、結衣は唐揚げを購入。そして、屋台を抜け、ベンチへ腰掛けた。


 

 美味しそうにたこ焼きを口へ運ぶ陽太。その様子を微笑みながら見つめる結衣。そして爪楊枝で唐揚げを口へ運んだ。



 しばらくして、お互い食べ終わり、少しの沈黙の後、陽太が口を開く。



 「応援してくれる人、俺を必要としてくれる人がいるって幸せなんだなって改めて分かった」


 結衣は陽太を見る。



 自分を応援、サポートしてくれる健司と希、陽菜。


 応援に駆け付けてくれた結衣。


 部内では一番劣っているが、そのような自分を起用してくれる大石。


 そして、自分を「味方でよかった」と言ってくれるチームメイト。



 彼らの存在が陽太の心を潤した。



 試合でアシストも決めた陽太だが、まだまだ満足していない。



 「幸せ者だよ、俺は。だからこそ、感謝の気持を伝えたい。でも俺の場合、言葉だけじゃ足りない。やっぱり、プレーでも見せないと」


 

 すると、陽太の言葉に反応するように色彩豊かな花火が夜空に打ち上がる。結衣の目に映る陽太の横顔は花火の光に照らされていた。


 白から赤。



 陽太は花火を眺めながら闘志を燃やしていた。



 「自分のことは後回し。チームの勝利が最優先」



 結衣の耳に届かない大きさで呟く陽太。



 結衣は美しく打ち上がる花火を眺める。そして、再び陽太の横顔を見つめる。



 赤く打ち上がる花火の光が二人の顔を照らす。



 まるで、二人の想いを映し出すかのように。




 二人の後姿はたまたまその場所に行き着いたとある三人の目にも映っていた。



 幼少の頃と変わらない姿。



 この後姿は数年後、三人にはどのように映るだろうか。

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