第四二節 陽太がサッカースクールに通わなかった理由
試合終了後、両校の選手へ大きな拍手が送られた。
二対〇。山取東高校が勝利した。握手を交わした両校の選手はベンチへと下がる。
ベンチでハイタッチを交わす山取東高校の選手。皆、笑顔が溢れる。
いや、希と陽菜の表情にも。
タオルで汗を拭う陽太。すると、陽太の背中に手を置き、公彦が声を掛ける。
「良かったぞ!この調子で頑張れよ!」
笑顔の公彦。陽太は笑顔で「ありがとうございます!」とお礼を伝えると、公彦は陽太の左肩に右手を置く。
陽太と公彦は笑顔で言葉を交わす。
この試合の二点目。相手の攻撃を防いだ和正から陽太へとパスが渡った。
陽太はボールを受けると、ドリブルで中央を駆け上がった。
北東学園高校の一一番がボールを奪いに足を出した。
陽太はそれを見て、ノールックで左サイドを駆け上がった猛へヒールパスを出した。
「そんな技術、いつ覚えたんだ…」
和正が無意識に呟いた。
精度に欠けるが、ボールは猛へと渡った。
ボールを受けた猛はドリブルで揺さぶり、信宏へパスを出した。
ペナルティーエリア中央手前で信宏はボールを受け、そのままエリア内へ侵入。二人が信宏につく。
信宏はヒールパスでボールを後ろへ。
受けたのは陽太。
ボールを受け、ふわりとやわらかいボールを左サイドへ出した。
猛だ。そして、ワンタッチで軽く右足に当てた。
見事にゴール右上隅にボールが突き刺さり、ゴールネットを揺らした。
猛の得点と陽太のアシストが記録された。
陽太は一点目に続き、再び得点に絡んだ。
ハイタッチを交わす陽太と猛。
「隠してたのか?今まで」
「昔から練習してたんだけどさ、下手だから封印しようと思ってたんだ。本当はドリブルで突破したかったけど、今の俺に突破できる技術がなかったから」
猛の問いに照れ笑いを浮かべるように答え、ポジションへ戻った陽太。
その姿を見つめ、猛は。
「逆に、あの状況でノールックヒールを選択できることが凄いぞ…」
そう呟いた。
一か八か。パスが通らなければカウンターを受けるリスクを伴う。しかし、陽太はそれに臆することなく選択した。
パスは通ったが、陽太は自身の技術に満足していない。
「猛に助けられただけだよ」
ポジションへ戻る途中、和正にそう話す陽太。
しかし、陽太のプレーがチーム全体を助けた。
そして、自身では満足していないとはいえ、味方を圧倒するほどのプレーを見せた。
それが、チームに良い影響を与えると公彦は思った。
大石と森も。
北東学園高校監督、
そして、森と山取東高校の選手も赤田に挨拶をし、練習場を後にした。
試合終了後、健司、希、陽菜はベンチへと下がる陽太達を見つめながら言葉を交わす。
「お母さんから見て、陽太はどうだ?」
健司の問いに希は空を見つめる。
希はサッカー未経験だが、だからこそ見えたものを健司に伝える。
「なるほど。そういう見方もあるな」
健司は腕を組む。
選手としてプレーしていたからこそ見えなかったことがある。健司はそれに気付かされた。
練習場を後にし、中町駅へ歩く三人。しばらく歩いていると、陽菜が健司にとある疑問を投げ掛ける。
「ねえ、何でお兄ちゃんってお父さんのスクールに入らなかったの?」
陽菜の問いに、健司は一瞬だけ彼女へ視線を向けた後、前を向く。
陽太は小学校、中学校と健司がコーチを務めるサッカースクールに通っていない。
陽太がサッカーチームへ入った理由。それは、健司のある思いがあったからだ。
「それはな…」
健司の話に耳を傾ける陽菜と希。
「陽太にはその方がいい。そう思ったんだ」
健司の言葉に希は青空に浮かぶ小さな雲を見つめる。
一時五二分。陽太が自宅到着。鍵が掛かっている。三人はまだ帰宅していない。
陽太はバッグから合鍵を取り出す。
鍵を開け、玄関で靴を脱ぎ、脱衣所へと歩く。
洗濯機へユニフォームを入れると、二階へ上がる。
陽太は四人が応援に駆け付けていたことを知らない。その為、帰宅していない理由を知るはずもなかった。
椅子へ腰掛け、天井を見つめながらこの日の自身のプレーを振り返る。
「あのディフェンスをドリブルで突破できるほどの技術があればなあ…」
陽太の中ではまだまだ未完成ではあるが、自身の武器を活かしたかったという思いが強かった。
しかし、封印しかけていた技術がチャンスに結び付いた。そして、アシストに繋がった。陽太にとっては良かったのかもしれない。
しかし、陽太は満足していない。
「もっと上手くならないと…!」
陽太はそう呟くと、サッカーボールを手に外へ出た。そして青空の下、ドリブル練習を始める。
上手くなりたい。攻撃参加時に相手の強固なディフェンスに負けたくない。
陽太は相手ディフェンスがいることを想定し、ドリブル練習に取り組む。
お天道様が陽太を見守る。
いや、お天道様だけではない。
丁度帰宅した三人が庭の外から陽太を見守る。健司は腕を組み、ドリブル練習をする陽太の姿を追う。
「やっぱり、陽太をサッカークラブに入れて正解だった。スクールに通わせていたらあの雰囲気は出せなかっただろうから」
希と陽菜が健司を見る。
「陽太が『サッカーを始めたい』と言った時、俺は迷うことなく、山取のサッカークラブに入れた。陽太は当時から気が弱かったが、見えない部分から闘争心のようなものを感じた。だからこそ、競争の環境があるところへ送り出した。基礎を身に付けながら競争の中で成長してほしい。一番下手でもいい。その経験が将来に活きてくる。その思いでな」
そして、その思いが実を結び、この試合で得点に絡む活躍を見せた。
しかし、陽太は満足していない。
まだまだこんなところでは終われない。その思いも抱きながらドリブル練習を続ける陽太。
「しばらく、ショッピングモールに行くか」
健司の一言で希と陽菜は頷き、サッカーボールを転がす音を背に、山取ショッピングモールへと向かった。
それから数分後、結衣がお裾分けのお菓子を渡しに仙田家を訪れる。
その時、結衣の目に映ったのはドリブル練習をする陽太の姿。
数時間前とはまた違った姿。
「結衣」
陽太は結衣の姿に気付き、練習を
「あ…ごめんね…練習の邪魔しちゃって…」
申し訳なさそうに話す結衣に陽太は笑顔を見せる。
「謝るなよ。それより、美味しそうなお菓子だな」
「お父さんからのお土産でね。『仙田さんに』って」
有名菓子店の焼き菓子だ。
「ありがとう!お父さんにお礼言わないとな」
「あはは!いいよ、そんな」
庭で言葉を交わす二人。結衣は試合を観ていたことを話さなかった。
陽太を見つめる結衣。彼の表情から何かを感じ取った。
「こんなところじゃ終われないもんね」
結衣の言葉に頷く陽太。
「うん!スクールじゃなくてサッカークラブに入ってよかった。ヘタクソだけど、サッカークラブに所属していたからこそ学べたことがあるから。それが今に活きてる」
陽太の言葉に笑顔で頷く結衣。
この言葉を健司が聞いたら喜ぶだろう。
陽太がサッカークラブで学んだこと。それは、競争の厳しさだけではない。
一つはチームに尽くすということ。
そしてもう一つはファンの応援にプレーで応えること。
幼少の頃から陽太を応援するファンは彼の目の前で微笑む。
ファンからのやさしい眼差しを受け、サッカー少年は大空に届くように高くボールを蹴り上げた。
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