第四一節 「とんでもない選手になるぞ…」

 「ピーッ」


 

 北東学園高校のキックオフで前半開始。北東学園高校は自陣でパスを回し、相手の出方を探る。


 山取東高校はボールと相手選手の動きを注視する。


 

 前半一分過ぎ、北東学園高校はドリブルで山取東高校陣地へ侵入する。ボールを持った七番の選手はパスコースを探る。山取東高校はゾーンを敷き、コースを消す。


 それを見た七番の選手は一旦、自陣へボールを戻す。そして、パスを回しながら相手の出方を探る。



 しばらく自陣でパスを回す北東学園高校。


 次の瞬間、六番の選手が山取東高校陣地内へ侵入。それを見て、五番の選手が六番の選手へロングパスを送る。


 見事にボールが繋がり、六番の選手は右サイドをドリブルで駆け上がる。



 LSHの猛が六番の選手につく。


 一対一。互いに様子を窺う。様々な選択肢が互いの頭の中に浮かぶ。



 しばらく睨めっこ状態が続く二人。


 すると、六番の選手は後ろからサポートへ回った八番の選手へパスを出す。


 八番の選手はペナルティーエリア外から高いクロスを上げる。空中戦となったが、和正が空中戦を制し、ボールは山取東高校側から見て右サイドへ流れる。


 ボールを拾ったのはRSHの大輔。相手のプレッシャーを上手くかわし、右サイドをドリブルで駆け上がる。


 そして、CFの卓人へパスを出す。卓人はペナルティーエリア手前でボールを受け、ディフェンスをかわし、右足を振り抜く。



 ボールは枠を捉える、GKの正面。


 山取東高校のフィールドプレーヤーはすぐさまディフェンスに切り替える。


 北東学園高校の七番の選手はドリブルでペナルティーエリア手前まで侵入。山取東高校はパスコースを塞ぐ。


 選択肢が絞られ、七番の選手は右足を振り抜く。ボールはゴールポストの上を通過し、山取東高校のゴールキックとなった。




 「森君、上手く鍛えたな」



 唸るように呟く健司。



 森はスクールでディフェンスを中心に指導していた。森から指導を受け、強豪校の先発の座を掴んだCBとSBも数多くいる。


 森の指導力は健司も信頼を寄せるほどだった。



 試合の戦況を見守る健司。



 「山東の両サイドは相手には脅威だろうな」



 健司の言葉と同時に、猛はサイドチェンジで大輔へロングパスを出す。大輔は上手く受け、ドリブルで右サイドを駆け上がる。


 陽太は大輔の動きを見ながら中央を駆け上がる。


 

 大輔は相手陣内深くからクロスを上げる。そのボールに卓人が頭で合わせる。


 枠は捉えたが、GKの手に当たり、ゴール脇へ転がる。


 ラインを割り、山取東高校のコーナーキックとなった。





 この練習試合はDMFに陽太、LSHに猛、RSHに大輔、OMFに信宏、CFに卓人、CBに和正という布陣。中盤を一年生で固めた大石。相手チームから見れば、大胆な選択かもしれない。


 陽太以外の五人は大石の中で新人戦のスターティングメンバー候補。冬の選手権県二次予選でもその可能性がある。大石には五人の動きを確かめたいという狙いがあった。


 しかし、陽太は少し違う。



 「悩んだが、やはり観てみたいという気持ちには勝てなかった。ホンモノにはまだ程遠いが、もしかしたら、明日の練習試合で一皮剥けるかもしれない。フルで出てもらうつもりだ。勿論、DMFでな」



 陽太は中学校時代までOMFでの出場が九割。DMFでの出場経験はとぼしい。


 しかし、大石はDMFで陽太を起用している。それは、陽太の良さを最大限に引き出すためだ。



 「OMFメインだったそうだが、仙田はDMFでこそ輝くと思っている。あいつの持っているものがDMFで役に立ってくる。そして、更なる成長へと繋がる」



 森の頭の中で大石の言葉が再生される。それと同時に、猛がコーナーアーク、陽太はペナルティーエリア内へ。


 ボールをセットした猛が右足を振り抜く。



 混戦のゴール前で大輔が頭で合わせる。ボールは枠を捉えたが、惜しくもGKの正面。GKは前線へ大きく蹴り出そうとしたが、既にセンターサール付近へ位置を取る陽太を見て、ショートパスを選択。



 「友川、大崎、松葉には出せないものがある。それを練習試合でも発揮してほしい」



 将司、健二郎、大輔の本職はDMF。将司と健二郎はミニゲームでDMFとして出場。大輔はミニゲームでDMFとしても出場するが、主にSH。


 

 

 「松葉は全体的に能力が高い。ボール奪取も素晴らしいが、特にドリブル突破とクロスはチームトップクラス。そして、豊富な運動量を誇る。その武器を活かさないのは勿体ない。中原と組んだ両サイドは相手にとっては脅威になると俺は思う」



 脅威。


 健司も同じことを話していた。



 実際、この練習試合でも凄さを実感させるプレーを見せていた。




 「友川は吉体第附属との練習試合で途中出場してから三失点したことを悔やんでいた。だが、俺は友川のパスカットに目を引かれた。あんなに上手くカットできる高校生はなかなかいないだろう」


 しかも、相手はプロ候補集団のような高校。その経験は将司にとってもプラスになった。



 「大崎はこの前のミニゲームで上手く攻撃を組み立てていた。守備への切り替え時の指示も的確。チームの頭脳になりうる選手かもしれん。そして、味方のカバーリングも上手い。攻守にわたって大きな活躍を見せてくれた」

 



 将司はCMF、大輔と健二郎はWB(ウイングバック)もこなせる。将司と健二郎は出場機会を増やすため、他のポジションの練習にも取り組んでいる。



 三人はDMFとしての能力が高い。だが、この練習試合には陽太が出場している。



 その答えは大石の言葉の中にある。


 


 ハーフタイムを挟み、〇対〇で迎えた後半二一分。大石の目に「背番号八」が映る。


 八番はペナルティーエリア手前で北東学園高校の七番の選手のドリブル突破を阻み、ボールを奪い、右サイドの大輔へパスを出す。パスを受けた大輔はドリブルで相手陣内深くまで駆け上がり、クロスを上げる。


 ボールに卓人が反応し、頭で合わせるが、惜しくもGKに阻まれる。


 弾かれ流れたボールを猛が拾い、ゴール前へスルーパスを出す。


 ボールは信宏の元へ。彼にマークがつく。


 それを見た卓人がペナルティーエリア手前から中へ詰める。信宏はモーションだけを見せ、ボールをスルー。


 卓人はフリー。


 ボールは彼の元へ。


 そして、そのまま右足で押し込む。



 その瞬間、歓声と拍手が起こる。



 ゴールネットが揺らされ、得点となった。



 卓人の元へ集まる山取東高校のフィールドプレーヤー。

 

 ハイタッチを交わす卓人。


 笑顔で拍手を送る希、陽菜、森。


 表情を変えることなく、山取東高校の選手を見つめる大石、健司。


 そして、選手と同じくらい喜ぶ結衣。


 いや、それ以上に。




 北東学園高校の七番の選手は山取東高校の八番を見つめる。



 「実際にマッチアップすると想像以上だ…」


 力のない言葉と同時に両膝に手をつく。



 

 ディフェンスに戻る山取東高校のフィードプレーヤー。和正の目の前には「背番号八」が映る。



 「になったらとんでもない選手になるぞ…」



 この言葉に反応するように大輔が八番を見つめる。



 

 味方をも圧倒する独特の雰囲気を持った「背番号八」は七〇分間ピッチで躍動。




 結衣は「背番号八」の活躍を自分のことのように喜んでいた。



 一瞬だけ彼女の視界がぼやける。しかし、すぐに「背番号八」がはっきりと映った。



 結衣の目は微かに赤くなっていた。 

 

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