第四〇節 独特の雰囲気に包まれた「八番」

 七月七日。六時一七分に陽太は目を覚ます。暑さのせいか、シャツは汗で濡れていた。


 陽太はシャツを脱ぎ、新しいシャツに着替える。そして、汗で濡れたシャツを洗濯機へ。


 脱衣所を出ると、野菜を切る音が陽太の耳に届く。希は朝食作りを進めている。朝食までにはまだ時間がある。


 

 「歩いてくるか…」


 そう思い立った陽太は靴下とスニーカーを履き、ドアを開ける。


 外へ出ると、眩しい朝日が陽太を照らす。陽太は目を細めながら玄関のドアを閉め、歩き出す。



 どこまで歩こうか、と考えながら庭を出ると、とある人物の声が。


 

 「早いね!」



 タオルで顔の汗を拭いながらその人物は笑顔で陽太に歩み寄る。


 

 「結衣も早いな!」



 半袖シャツとハーフパンツ姿の結衣だった。



 「早くレギュラーになりたいから。まずは、しっかりと足腰を鍛えないと」



 彼女は丁度、早朝ランニングから戻ってきたところだった。



 中町中央高校女子バスケットボール部は三年生が引退し、新チームへと移行。三年生が引退したが、女子バスケットボール部には一、二年生合わせて三〇人を超える部員が在籍している。


 ベンチ入り出来る人数は一五人。その中に入ることは簡単ではない。


 中町中央高校女子バスケットボール部には、中学校時代に名を馳せた生徒が毎年一〇人以上入学する。結衣は中学校三年生時に県大会へ出場したが、三回戦どまり。


 結衣の周りは県大会上位入賞経験のある選手ばかり。


 しかし、結衣は決してネガティブに捉えなかった。


 逆に、上達するチャンスだと。



 結衣のポジションはSF(スモールフォワード)。アウトサイド、一対一からの得点を狙うなどの役割を担う。中学校時代、チームメイトだった真美はPF(パワーフォワード)。ゴール下での得点やリバウンドなどの役割を担う。



 「試合に負けたくない。そして、真美にも」


 結衣はそう話す。



 しばらく言葉を交わす二人。その中で、陽太は結衣から何かを感じた。


 雰囲気と言うべきか。独特の雰囲気。将来、凄い選手になるであろう雰囲気。

 


 しかし、独特の雰囲気を持っているのは結衣だけではない。


 その人物は結衣の目の前に立っている。


 結衣と楽しそうに言葉を交わす一人の人物。



 気付くと、二〇分以上言葉を交わしていた二人。



 それから間もなくして、仙田家の玄関から希の声が二人の耳に届く。



 「ご飯出来たよ!」



 希が陽太へ声を掛ける。それと同時に結衣に気付き、彼女を笑顔で見つめる。


 結衣が「おはようございます!」と希に挨拶をすると、希は「おはよう!」と返す。


 そして、希は笑顔で陽太へ視線を移す。


 

 「どうしたの?お母さん」


 陽太の問い掛けに希は特に答えることなく、リビングへと向かう。



 「どうしたんだろ。ま、いいか」


 

 玄関を見つめる二人。



 「風邪ひくなよ?」


 陽太は結衣に声を掛け、玄関で靴を脱ぎ、リビングへ。陽太の姿が見えなくなると同時に、結衣の表情は赤みを帯びる。



 

 「練習試合か」


 

 山取東高校は翌日、北東学園ほくとうがくえん高校と練習試合を行なう。会場は北東学園高校の練習場。校舎の敷地内ではなく、校舎から少し歩いた場所に練習場がある。


 練習場は中町駅から歩いて一五分程の場所。



 陽太にとってはアピールのチャンス。何とかこのチャンスをものにしたい。それは、高校総体、冬の選手権県一次予選でベンチに入ることが出来なかった部員全員同じ気持ちだ。


 冬の選手権県二次予選のメンバーは白紙の状態。練習試合で活躍を見せることが出来れば、ベンチ入りの可能性は高くなる。



 「楽しみなんだ!」

 

 笑顔で健司にそう話す陽太。


 小さく頷く健司はあえて声に出さず、心の中でエールを贈る。




 朝食を済ませた陽太は学校へと向かう。


 希は食器洗いを終えると、健司に尋ねる。


 すると。


 

 「行ってみるか?」


 

 健司の言葉に希は笑顔で頷く。


 

 

 この日の練習終了後。



 「明日のメンバー、どうします?」

 

 「とりあえず、先発は決まりだ。どれくらい成長したか見たい奴がいるから、そのメンバー中心で臨む」



 大石はメンバーの氏名が記された用紙を森へ見せる。すると、森の表情に笑みがこぼれる。



 「わくわくしてきました」


 「俺もだ」



 

 そして、翌日。陽太は七時一七分に玄関のドアを開け、南山取駅へ。そして、切符を購入し、列車へ乗り込む。



 「中町、中町。お出口は右側です」



 ドアが開き、陽太はホームへ降り、改札機に切符を通す。


 すると、山取東高校男子サッカー部員の姿が陽太の目に映る。部員は陽太に挨拶をし、言葉を交わす。


 それからしばらくし、大石が到着。



 「全員いるな。それじゃ、行くぞ」



 大石が先頭に立ち、会場へと向かう。




 彼らが出発したおよそ二〇分後。



 「こっちが緊張してきちゃった」


 「大丈夫?お母さん」



 一人の少女を連れた夫婦が中町駅に到着。



 「よし、行くぞ」



 男性が先頭に立ち、会場へと向かう。


 


 八時二七分。陽太達が会場に到着。すると、彼らの姿に気付いた北東学園高校の監督、選手が挨拶をする。陽太達は挨拶を返し、敷地内にある更衣室へ。


 練習場には応援へ駆け付けた保護者などの姿。



 それからしばらくして、三人が会場へ到着する。


 

 「陽太、出るかな」


 「大丈夫だよ!お母さん」



 希に笑顔でそう話す陽菜。


 二人の会話を聞きながら北東学園高校の練習風景を眺める健司。


 

 「上手い…!」



 健司の言葉とほぼ同時に山取東高校の選手が練習を開始。練習風景を眺める北東学園高校の選手達。彼らはとある選手を注視する。


  

 練習開始からおよそ一時間後、山取東高校の選手は練習をめ、更衣室へ戻る。その中で、スターティングメンバーとリザーブメンバーが発表された。


 

 「以上だ」



 その瞬間、一年生部員から拍手が起きる。



 スターティングメンバーに選ばれた一年生は声を掛けられると、笑顔で応える。


 

 その中に、あの選手もいた。



 キックオフ五分前の九時五五分。両校のスターティングメンバーがピッチに姿を現す。


 拍手の中、握手を交わす両校のイレブン。その時、北東学園高校の選手は山取東高校のとある選手から何かを感じた。


 

 握手を終え、選手がポジションへと散る。それと同時に、一人の少女が練習場へ到着。


 彼女の視線の先には。

 


 「陽太…!」



 笑みを浮かべる結衣。


 この日は練習が休みのため、陽太の応援に駆け付けた。



 彼女の目に映るのは相手を圧倒するほどの独特の雰囲気に包まれた「八番」のユニフォームだった。

 



 

 


 

 

 

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