第三九節 全国へのカギを握る男

 「男子は二年以内に全国に行けるよ!」


 七月三日の昼休み。廊下で陽太のクラスメイト、佐々岡瑞穂ささおかみずほがそう話す。冗談と思った陽太だが、瑞穂の目を見てその言葉が本心だということが分かった。



 和正でさえ立ったことのない全国の舞台。そこに立つためには数々の試練が待っている。その試練を乗り越えた先にあるのが全国の舞台だ。


 

 山取東高校女子サッカー部は五月の地区予選で敗退。


 しかし、七月に開催された冬の選手権大会県一次予選を突破。九月に開催される二次予選へと駒を進めた。


 女子も男子と同じく筆記試験と実技試験を受験し、合格した生徒が在籍する。しかし、強豪校のようにスター選手が在籍しているわけではない。


 それは、男子も同じである。


 しかし、瑞穂は男子サッカー部が全国へ行くことができると確信した理由があった。



 和正、猛、大輔という県大会上位入賞経験のある生徒が在籍しているからではない。

 

 大石と森が組んだからでもない。


 

 もちろん、選手層や指導者の技量は試合に大きな影響を与える。しかし、瑞穂はまた違った視点から見ていたのだ。


 

 「確かに、和正達は強豪校にいてもおかしくないくらいの選手。森さんは大石先生と一緒に強豪校を倒せるまでのチームにした凄い指導者。でも、それだけじゃない気がするんだ」


 

 練習の休憩中に男子の練習風景を見ている女子サッカー部員。瑞穂は練習風景を見て、何かを感じた。


 

 ある部員の姿を見て。


 

 「こんなこと言ったら失礼だけど、技術で言ったら和正、猛、大輔には到底及ばない。やっぱりあの三人は別格。でも、その人から三人にはないものを持ってるって感じたの。その人が全国へ導くって」



 瑞穂はその人物の名前を出さなかった。


 陽太はその人物が誰かを考えたが、全く浮かばない。



 和正、猛、大輔は県大会上位入賞経験のある選手だが、スター選手だったわけではない。


 彼らが試合に出場すれば絶対勝てるわけではない。


 大敗する可能性だってある。

 

 実績だけでは勝てない。




 金曜日の夜、陽太は健司からこのような話を聞いた。



 「実績のある選手がいればいいというわけじゃない。その選手の良さを引き出せなければ意味がない。だからこそ、選手の良さを引き出せる選手が必要なんだ」



 味方の良さを引き出すことのできる選手がいることで、味方は技術をより発揮することができる。


 

 「戦術を研究して、対策を講じるチームもあるだろう。しっかり対策され、何も出来ない状況に陥ることがある。そんな時、相手のディフェンスをこじ開け、オフェンスを封じるプレーが必要だ。それには、全体の動きを予測しないといけない。それが味方の良さを引き出すことにも繋がる」



 相手がどのような動きをするか。相手がこう出たら味方はどう出るか。これを予測できることで、先手を取れ、相手は後手に回る。



 「予測する力よりも視野の広さだな」



 そして、こう続ける。



 「あとは、味方を動かす何か。心を動かす何か。それが相手を圧倒することにも繋がるからな」



 健司はそう言い残し、テーブルの上に置かれた新聞を広げた。



 知名度は関係ない。健司はそのことを陽太に伝えたかった。


 大石と宮城、長谷川、そして、森も健司と同じ考えを持っていた。




 瑞穂も同じく。



 瑞穂の目に留まった選手にはそのようなものが備わっている。そのように感じた。


 フィールド上にいたら心強い存在。


 瑞穂はそう話す。

 

 

 

 実績のある選手でも全てにおいて優れているわけではない。


 逆に、実績のない選手でも全てにおいて劣っているわけではない。



 瑞穂の目に留まった選手は技術全てにおいて他の部員より劣っているが、彼らにはないものを持っていた。


 その答えは、ある人物の言葉の中にあった。


 彼は気付いていないが、とある日にそれを発揮していた。


 和正達はそれに気付いていた。


 彼が味方でよかったと思うほどに。



 

 瑞穂との会話に夢中になる陽太。二人の姿を見て、昭仁が声を掛ける。



 「全国のカギを握っているのはあいつだろうからな」


 昭仁は瑞穂から話を聞き、そう話す。



 昭仁も中学校まで全国大会どころか、県大会とも無縁だった。サッカーを学びながら競技を続ける。県大会へは出場できなくてもいい。サッカーを楽しみたい。


 入学前はそういった気持ちだった。


 

 しかし、練習初日に昭仁の気持ちは切り替わった。



 「全国も夢じゃないのかな」


 

 ある人物との出会いが昭仁に大きな影響を与えた。


 そして時が経ち、確信へと変わった。



 「和正、猛、大輔は確かに凄い。でも、あいつらに負けないくらい凄い奴がいる。あいつが化けたら絶対全国に行ける。俺はそう思ってる」



 昭仁の言葉に瑞穂が笑顔で頷く。


 

 自身が持っているものを思う存分発揮してほしい。それが全国へ繋がるのだから。



 昭仁はそう話し、空を眺める。


 そして、陽太を見る。


 瑞穂も。



 戸惑う陽太。


 それからすぐに昭仁と瑞穂は空を眺める。


 何かを改めて何かを確信するように。


 

 二人の視線の先には果てしなく広がる青空。その中に、ある人物の姿が映った。


 チームの中心になるであろうあの人物。


 全国へのカギを握っているあの人物。


 その人物は強豪校を相手に持てる力を思う存分発揮し、大舞台のピッチ上でまばゆいほどの輝きを放っていた。

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