第四五節 リーグ戦にはない面白さ
七月二七日。
「最近、うちへの練習試合の申し込みが増えているんだ」
練習終了後、大石は練習場を眺めながら森に言う。
山取東高校が高校総体地区大会で浜渡高校に勝利、冬の選手権県一次予選を突破したことが理由だ。
大石にとっては実力を認められたということ。しかし、他校からマークされ、対戦の中で戦術などを研究をされる。
だが逆に、山取東高校も相手高校を研究する絶好のチャンスでもある。
高校総体や冬の選手権予選では戦術、それによって出場選手を変えてくるかもしれないが、それが山取東高校の新しい戦術を生み出すきっかけにもなる。
「リーグ戦とトーナメントでは違うからな。当然、戦い方は変わってくるだろう」
大石は空を見つめる。
県内には高校生リーグがある。四部制となっており、その一部リーグに吉田体育大学附属高校は属する。
さらに、二部以降には山取東高校が勝利した浜渡高校、北東学園高校、敦が在籍する台府中央高校など計四部に強豪八校が属する。
高校生リーグに参入するには県内での予選を勝ち抜かなければならない。山取東高校は大石が赴任した年にエントリーしたが、初戦で敗退した。
以降、大石はエントリーを辞退している。
「魅力的なリーグ。だが、リーグに属する学校に勝つことで、自信に繋がる。リーグ戦とトーナメントの違いがあったとしてもだ」
属しないことは悪いことではない。寧ろ、属する高校に勝利することに大きな意味がある。
大石はそう話す。
だがそれは、陽太達も同じだった。
この日の練習終了後、陽太は優斗、和正と言葉を交わした。その中で高校生リーグの話題が上がった。
「魅力的だけどな。でも、属さなくてもサッカーは出来るから」
優斗の言葉に陽太と和正が頷く。
「中学の時は憧れがあったけどな。プロクラブのユースチームもいるし。でも今は強豪やプロの卵とリーグで
和正の言葉に陽太と優斗は笑顔で頷く。
「白か黒か…。下剋上もありうる。それが一発勝負の面白さだよな」
陽太の言葉に優斗、和正が頷く。
一発勝負は勝つか負けるか。決着がつくまで戦いは続く。PK戦にもつれ込んだ場合を想定してメンバーを決め、カードを切る。
メンバーに誰を入れるか、どのタイミングでその選手をピッチヘ送り出すか。これが試合に大きな影響を及ぼす。
リーグ戦もそうだが、一発勝負のトーナメントではそれ以上に。
延長までの一二〇分間、ピッチで躍動できる選手。シュートの上手さに加えて、PK戦というプレッシャーに負けないほどのメンタルの強さを持つ選手。
こういった選手がいることで心強さが増す。
いや、そういった選手だけではない。
「苦しい展開の時にピッチで味方を鼓舞できる選手も必要だよな」
和正はそう言うと、練習場のセンターサークルを見つめる。
「勇気付けられるからな」
こう続けた和正の言葉に優斗が頷く。陽太は和正を見つめる。
味方を鼓舞できる選手。山取東高校にはそういった選手が数多く在籍している。その中で一番味方を勇気付けることができる選手は誰なのか。
陽太は考える。
和正と優斗は陽太と遠くに見えるチームメイトを見つめる。
答えは今後の試合で分かるだろう。
三人は体育館へ向かう。その様子を大石と森が目で追う。
「最後は『勝ちたい』という気持ちが強い方が勝つ。選手層の違いがあったとしてもな。俺はそう思ってる」
森は大石の言葉であることを思い出した。
そういえば、仙田君も言ってたな…。
「森君」「仙田君」と呼び合う二人。彼らが高校三年生の年、健司がキャプテンで、SH。森はCBとして出場。
強豪との高校総体県大会決勝。残り時間一二分、二点ビハインドの状態になり、森は試合を諦めかけていた。
その時、健司は諦めた表情を浮かべた森にこう声を掛けた。
「『勝てる!』そう信じながらピッチを走れ。ネガティブなことを考えるな」
ポジションへと戻る健司の姿は森だけでなく、ピッチに立つ選手全員を鼓舞しているようだった。
そして、健司の気持ちが届いたかのように後半四四分に二点差を追いつき、延長戦で勝利を収め、インターハイ出場を決めた。
選手層が相手より薄くても勝てる。健司達は見事にそれを証明してみせたのだ。
しばらくして、東山取運動場を出ようとした二人。その途中、体育館を出る陽太達の姿が目に映る。陽太は和正や優斗達と言葉を交わしていた。
陽太の表情には笑顔があった。その表情はやさしくもどこか力強くもあった。
陽太に感化されるように、和正達にも笑顔が溢れる。
「リーグ戦に参戦してたら仙田達はここまで伸びなかったかもしれない」
大石は言う。
実際、健司が監督の立場なら同じことを言うだろう。
「練習を積み重ね、戦術に合ったプレーも覚え、一発勝負のトーナメントでその技術を遺憾無く発揮してほしい」
それがリーグ戦でも役に立ってくる。大石はそう話す。
大石と森の耳に陽太と和正の会話が届く。
「ディフェンスの時はファイブバックだから、DMFの俺が…。攻撃に切り替わったらら…」
「そういうこと!」
大石は腕を組みながら二人を見る。
森は笑顔で頷きながらとある人物に心の中で声を掛けた。
絶対、凄い選手になるぞ…!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます