第三五節 「俺達にしかないもの」

 六月六日。練習を終えた陽太は東山取駅のホームで列車を待つ。


 「間もなく一番線に列車が参ります」


 アナウンスから数十秒後に列車がホームへと入る。徐々に減速する列車。多くの乗客が陽太の目に映る。


 そして、列車が停車。

 

 すると。



 「あれ…」


 陽太が立っている停車位置からある人物の姿が。陽太の姿に気付いた人物は笑顔で手を振る。応えるように陽太も。



 列車のドアが開き、乗客が数人降りる。陽太は他に降りる人がいないことを確認し、車内へ。



 「偶然だね!」


 陽太の目の前には笑顔の結衣。



 「ほんとだな!」


 笑顔の陽太。


 

 しばらくしてドアが閉まり、列車が発車。陽太と結衣は吊革に掴まり、列車に揺られる。


 

 「毎年、全国行ってるもんな…」


 「うん。やっぱり凄かった…」



 中町中央高校女子バスケットボール部は高校総体県大会準決勝で前年の優勝校である私立高校の隼明しゅんめい高校に六一対一〇四で敗れた。試合終了のブザーが鳴り響いた瞬間、コート上、ベンチ入りの選手、そして、スタンドで応援していた選手が涙を流した。



 「悔しかった。もっと三年生の先輩と練習したかった。でも、いつまでも泣いていられない。県内で隼明に勝てた高校は数える程しかないらしいから。『私達がその中に入るんだ!』というくらいの気持ちで練習する。そして、私達にしかないもので勝ってみせる!」



 結衣は前を向く。



 陽太の目に映るのは、見えない何かに包まれた結衣の姿。


 その正体は陽太には分からない。だが、それは陽太が持っているものに近い何か。


 


 

 「南山取に到着です」



 列車が停車し、ドアが開く。


 二人はホームへ降り、改札口を抜ける。そして、駅舎を出て、自宅へ向かう。


 その途中、結衣はふと、陽太の横顔へ視線を向ける。


 結衣の目に映った陽太の横顔。それは、どこか少し逞しくなったような表情。幼少の頃から互いを知る二人。その頃の陽太は気弱な男の子だった。


 しかし、小学校に上がり、サッカーを始めて以降、その表情は徐々に変化していった。より逞しく、より頼りがいのある表情に。


 たが、それは陽太を応援し続けてきた結衣の存在も大きかった。


 結衣からの応援が陽太の心を支え、成長を促した。そしてこの時、陽太は一つの殻を割ろうとしていた。



 「じゃあな。練習、頑張れよ!」


 「うん!陽太も!」


 笑顔で手を振り、玄関へと向かう陽太。ドアを開けると、陽菜の元気な声が庭の外にいる結衣の耳にも届く。


 結衣は陽菜の声を聞き、微笑む。


 

 しばらくして、自宅に到着した結衣。ドアを開けると、幸恵が出迎える。



 「おかえり。あれ、何かいいことあったの?」


 「ううん。何でもないよ」


 そう答えた結衣の表情には笑みが浮かぶ。幸恵はその表情を見て、何かを察したように口元を緩め、階段を上る結衣の背中を見つめる。




 「ごちそうさま」

 

 夕食後、ソファで陽菜はプレーについて陽太にアドバイスを求める。陽太は自身が持っている知識を陽菜に伝える。


 陽菜は真剣な表情で陽太の話に耳を傾け、陽太は真剣に陽菜へ知識を伝える。


 その姿を見た健司は陽太の成長を感じた。



 周囲に置いていかれたからこそ分かることがある。


 試合にほとんど出場出来なかったからこそ見えてくるものがある。


 陽太の言葉からそういった思いが健司に伝わった。


 テレビから流れる拍手は陽太にはどのように聞こえただろうか。



 

 翌朝。陽太が南山取駅へ向かっていると偶然敦に会った。二人は言葉を交わしながら歩き、一緒に列車へ乗り込む。



 「山東はいつか全国に行くんだろうな」


 「行きたいけどさ、吉体大附属に浜渡、それに、敦のいる台府中央…。強いとこばっかりだから」

 


 吉田体育大学附属高校は全国ナンバーワンとも呼ばれるサッカーの強豪校。


 しかし、全国には吉田体育大学附属高校に引けを取らない高校がたくさん存在する。


 全国何千もの高校が予選からしのぎを削る。頂点に立つためには険しい道が待っている。



 陽太が続ける。



 「だけど絶対勝てないわけじゃない。勝負に『絶対』はないから。山東にしかないもので勝ち進んでみせる!当たったら手加減なしだぞ?」


 陽太のこの言葉で敦は笑みを見せる。



 「当たり前だ!当たったら全力で山東を倒しに行くからな!」



 敦の言葉に陽太は笑みを見せる。


 それからすぐに、列車は鉄橋へ。



 

 「東山取に到着です」



 列車が停車しドアが開き、陽太と敦は笑顔で手を振り、別れる。ホームへ降り、陽太はやる気に満ち溢れた表情で階段を上る。



 学校に到着し、教室へ入ると、公太と大海が言葉を交わす姿が陽太の目に映る。二人は陽太に気付くと、手を振る。



 「何話してたんだよ?」


 陽太が尋ねると、公太は一呼吸置き、こう答える。



 「俺達、全国に行けるのかなと思って」



 その言葉を聞いた陽太は一瞬だけ目を閉じる。それからすぐに開けた目は公太を見つめる。


 


 「行けるさ!俺達にしかないもので強豪を倒そうぜ!」


 力強く答える陽太の言葉に公太と大海は笑顔で頷く。

 

 それは、陽太の心の内にあったものがなくなった瞬間でもあった。


 あの人物の応援もあって。


 陽太は弱点の一つを克服した。

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