第三四節 陽太を照らす光

 「来月は選手権の県一次予選か」


 六月五日の昼休み、金森仁也かなもりじんやが練習場を見つめながら言う。一緒にいる陽太と奥田弘明おくだひろあきの目にも練習場が映る。


 東山取運動場での練習が続き、陽太達が練習していた学校の練習場は体育の授業以外で使用されることがなくなった。


 しかし、大石は新入生の動きなどをよく見るために四月から一カ月ほど学校の練習場を使用する。そして、三学年合同での練習。これを継続する。



 「俺が異動になるまではな。次に山取東高校に赴任する先生はどうするか分からないけどな」


 大石は陽太達にそう話していた。



 大石が異動になった場合、森は再び健司の職場であるスクールに戻ってしまうのだろうか。陽太はふと、思った。



 それから間もなくして、薄い雲の切れ間から一筋の日差しが練習場を照りつける。まるで、ステージを照らすかのように。



 小学校時代、中学校時代と光に照らされることなど全くなかった陽太。自身

にも光に照らされる日が来るだろうか。


 自身へ問う。


 

 いや、照らされ始めている。その光はまだ弱いが、スポットライトが当たっている。


 陽太は全く気付いていない。


 

 陽太の凄さを知る人が増えることでその光はより輝きを増す。陽太の凄さを知る人はまだ少ない。これから練習を重ね、ベンチに入り、試合に出場する。勝ち進めば勝ち進むほどより輝きは増す。


 いや、その光は場外からも注がれる。

 


 同じ頃、野球コースの雅彦が廊下でクラスメイトと言葉を交わしていた。


 

 「雅彦の友達、凄いよな」


 大西辰己おおにしたつみの言葉に雅彦は微笑む。


 「だろ?」


 野球部員は練習の合間や休憩時に男女サッカー部の練習風景を見ている。その中で、辰己には自身の目を引いた一人の部員がいた。



 陽太だった。



 「素人目線で見てもあの三人はずば抜けて凄いけどさ、仙田って奴は三人とはまた違った凄さだと思って」


 「あれが陽太の凄さだからな。本人は全然気付いていないけど。メンバーに入っていたら心強いだろうな」

 

 頷く辰己。



 和正や猛、大輔といった秋の大会では先発出場しそうな三人以上に辰己は陽太に目を引かれた。それは、陽太からあるものを感じ取ったからなのだろう。


 希が感じ取ったものと同じものを。


 

 辰己は窓の外を眺める。目に映ったのは青く染まった空のもとを飛び回る一羽の鳥。すると、その鳥についていくように一〇羽以上の鳥か飛び回る。先頭で飛び回る鳥はまるでどこか別の世界へと誘導するように群れを率いていた。


 より上へ。さらに上へ。



 「全国か…」


 辰己が無意識に呟く。雅彦はその言葉で辰己の横顔を見つめる。そして、空を眺めた。



 「行けるといいな…!俺達も、陽太達も」



 雅彦の言葉に辰巳は頷いた。



 「行けるさ。雅彦がいるんだ。それに、サッカー部には…」

 

 「陽太がいるんだ。絶対、陽太がチームの中心になる。競技は違うけど、俺には分かる」


 今度は雅彦の言葉に辰己が頷く。



 鳥は列を作るように飛び回る。そして、徐々に形を作っていく。いや、文字を。それは、アルファベット一文字。


 その文字の中心部分には先頭を飛び回っていた鳥が。


 鳥が作った文字を見た雅彦と辰己はサッカー部の教室の方向を見つめた。


 微笑んだ表情を浮かべながら。そして、陽太達に無言のメッセージを送る。


 このメッセージは陽太達に届いただろうか。



 

 「行くか!」


 陽太の声に頷く公太と優斗。そして、東山取運動場へと向かった。


 三人が体育館へ入ると、グラウンドへ向かう雅彦と辰己に会った。陽太は雅彦に一つ言葉を掛けた。雅彦は応えるように陽太の左肩に手を置き、やさしい表情で言葉を掛けた。


 その様子を横目で見る辰己。


 公太と優斗も同じく。



 そして、更衣室へ向かう陽太、公太、優斗。グラウンドへ向かう雅彦と辰己。

 

 お互い、無言のメッセージを送りながら。



 更衣室へ入ると二、三年生が着替えていた。陽太達が挨拶すると、やさしい声が返ってきた。


 三人は各々のロッカーの前へ立ち、着替え始めた。その途中で和正達が到着した。陽太の左隣に立ち、着替える和正。


 すると、和正が陽太を見る。陽太は気付いていない。


 そして、再び正面を向いて着替える和正。



 「先、行ってるよ」


 陽太の言葉に「おう!」と応え、スパイクの紐を結ぶ。そして、更衣室を出る陽太の後姿を見る。


 更衣室内は照明で照らされ、とても明るい。だが、明るく照らされていたのは更衣室だけではなかった。


 

 「どうしたんだよ」


 優斗の言葉で目を閉じ、ほんの少し俯く和正。その表情は明るかった。


 優斗を見る和正。


 

 「全国、行けるよな?」


 和正の突然の問いに優斗は笑みを浮かべた。



 「行けるさ。山東には吉体大附属みたいにプロ候補生が入ってくるわけじゃない。でも、良い選手を集めたら絶対勝てるとは限らない」


 優斗の言葉に和正が頷く。


 個々の能力は必要不可欠。だが、高ければいいというわけではない。


 「チームがまとまらなきゃミスを連発するから。練習試合以降、俺達はよりがむしゃらに練習した。そして、先輩に勝てた。陽太は満足いってないみたいだったけど、あいつがいたから勝てた。俺達をまとめてくれたあいつがいたから」


 その言葉に和正は陽太のロッカーに目をやる。そして、頭の中で陽太のプレーする姿が映像として流れる。


 

 見えないスポットライトを浴びる陽太が。


 

 絶対、陽太の凄さに気付いてくれる人が現れる。少なくとも俺達は気付いている。陽太が一番輝いてるぞ。


 心で呟く和正。



 「行くか!」


 和正の声に優斗は笑顔で頷く。



 

 「いくぞ!」


 練習場に陽太の声が響く。和正達の目に映るのは光り輝く陽太。


 その姿は野球部員の目にも映っていた。


 陽太の姿を見つめる雅彦と辰己。二人を見て、野球部員が集まる。



 「あいつ、凄いな」



 三年生部員の一言に雅彦は笑みを浮かべる。



 「友達なんですよ」



 野球部員は陽太を見つめる。



 次の瞬間、ライト方向の照明に光が灯った。薄暗くなったグラウンドを照らす。


 眩しいほどに。



 いや、照らしていたのはグラウンドだけではなかった。



 ライト方向の照明とともに数十もの光がネット越しに陽太を照らす。


 

 グラウンドの照明より何倍も眩しく。

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