第三二節 強豪校の選手を圧倒する程の

 県大会一回戦。山取東高校は二対一で勝利を収めた。前半に徹が二得点を挙げるが、後半三一分にコーナーキックから失点を許した。


 失点直後に和正が途中出場。公彦とCBを組み、丘渡商業高校の猛攻を凌いだ。


 

 試合後、陽太は大輔、卓人と言葉を交わしながら利堂りどう駅へと歩く。


 

 「やっぱり上手いよな、和正」


 卓人の言葉に陽太と大輔が頷く。


 和正の技術は相当なもの。しかし、だからといって、先発になれる保証はない。戦術など様々な理由がある。県大会前の練習ではなかなか動きを掴めなかった和正。それもあり、先発の座を掴むことが出来なかった。


 しかしこの一回戦、途中出場した和正はそれを感じさせない動きを見せた。



 「相手がボールを持ってペナルティーエリア手前まで来たら、橋本と組むように前へ出ろ。そして、ボールを奪いに行け」


 出場前に大石からこう声を掛けられ、ピッチに立った和正。そして、その場面がやってきた。


 相手選手がドリブルでペナルティーエリア手前へ。その時、和正がプレッシャーをかけるように前へ。


 そして、ボールへ足を伸ばした。


 それを見た相手選手はサイドの選手へパスを出す。



 「よし…!」


 その瞬間、大石は呟いた。


 和正も。



 パスを受けた選手はサイドから大きくクロスを上げた。それを見た和正はCBの位置へと戻り、跳んだ。



 ボールは和正の頭に当たり、跳ね上がる。落下地点には相手選手が待ち構えていた。


 大石、和正にとっては狙い通りだった。


 相手選手がボールを持ったと同時に和正が着地。そして、ボールへ右足を伸ばした。


 ボールは和正のスパイクの先に当たり、転がる。そして公彦が回収し、樹へパスを出した。



 その後は危なげなく試合を進め、勝利を収めた。



 

 「あの奪取力が俺にも身に付けばなあ…」

 

 陽太が無意識に呟くと、大輔が言う。



 「陽太の方が鮮やかだぞ」


 その言葉に陽太は「何言ってんだ」と言うように、大輔の横顔を見る。


 卓人は大輔の言葉に共感するように頷く。


 それは、ミニゲームなどで陽太のプレーを多く観てきたからこそだ。


 

 「和正も同じこと言うと思うぞ。いや、皆が」


 今度は卓人が言う。そして、大輔が頷く。


 

 気付くと、利堂駅に到着した三人。券売機で切符を購入し、到着した列車に乗り、台府駅まで揺られる。



 「明日も同じ会場。相手は…」


 陽太がふと呟くと同時に、列車が台府駅へ到着。三人は列車を降り、岡吉田行きの列車へ乗り換える。



 サッカーの話で夢中になっていると、東山取駅へ到着。大輔と卓人は陽太に笑顔で手を振りながら列車を降りる。陽太も笑顔で手を振る。


 大輔と卓人は列車が踏切を通過するまで陽太が乗る列車を見送る。


 

 「ベンチ要員だったっていうのが嘘に思えるくらいなのに…」

 


 大輔の言葉に頷く卓人。

 


 陽太は中学校時代、なかなか出場機会に恵まれなかった。出場しても後半二五分過ぎからという試合がほとんど。


 自身にはサッカーの才能があるのだろうか。和樹の言葉でよりそう思った陽太。



 中学校時代のある時、陽太が健司に疑問をぶつけると、こう返ってきた。



 「そんなものより必要なのは積み重ねだ。練習しない奴は伸びない。集中的に練習して短期間でぐっと伸びる子だっている。陽太も伸びてる。伸びやすい時期にたくさん練習したからだ。これから更に伸びる。俺には分かる。確かに出場機会は多くなかったが、その中で良いプレーを見せていた。強豪校の選手を圧倒する程のな」



 気付いていないだけ。


 結衣も同じことを話していた。


 

 列車が踏切を通過し、遮断機が上がると同時に、大輔と卓人は改札口へと向かう。

 


 

 翌日。山取東高校は〇対一で惜しくも敗れてしまった。しかし、公彦をはじめとした上級生は手応えを感じた。


 和正も同じく。


 

 「選手権予選でいいところまでいけるかも…!」


 公彦はそう確信した。


 大石と森も。


 翌月から始まる冬の選手権大会県一次予選に向けて気持ちを切り替えた山取東高校の男子サッカー部員。



 

 「じゃあね。猛、卓人!」

 

 猛と卓人を車内で見送り、南山取駅まで揺られる陽太。



 「南山取に到着です」


 列車を降り、改札口を出て、自宅へと向かう陽太。眩しく輝く太陽の光がアスファルトを照らし、影を作る。


 陽太は自身の影を見つめる。


 この影は数年後、どのように映るのか。プロクラブのユニフォームを身に纏い、たくさんの観衆に囲まれたスタジアムのピッチの芝に二二人の中の一人として映るのか。それとも、別な道へ…。

 

 そのような考えが陽太の頭の中に浮かぶ。



 しかし、この段階ではベンチに入ること。試合に出場すること。


 そして、和正達と全国の舞台に立つこと。


 これら三つの目標のために陽太は日々の練習に取り組んでいる。その先はこの段階では二の次。



 「上手くなりたい。試合に出たい。そして、皆で全国に行きたい」



 そう呟くと同時に自宅の玄関のドアノブを握った。



 

 階段を上り、寝室にバッグを置くと、サッカーボールを手に階段を下りる。そして、庭でリフティングを始める。


 華麗なリフティングだった。



 数十秒後、陽太はボールを高く蹴り上げる。ボールは陽太の寝室から見える高さまで舞い上がる。


 まるで、高い壁を越えるかのように。


 

 陽太の夢を乗せたボールは太陽に照らされ、まばゆいほどの光を放った。

 


 


 

 

 

 


 

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