第三一節 「一人の選手として」
六月二日。この日の練習後、県大会のベンチ入りメンバーが発表された。
メンバーに変更はない。
発表終了後、ベンチ入りメンバーはしばらく練習場に残る。陽太はしばらくベンチ入りメンバーの姿を眺め、更衣室へ。
「やっぱりベンチ入りは厳しいか…」
陽太が体育館内にある更衣室へ入ると、優斗の声が。陽太は一瞬だけ彼の背中へ視線を向け、自身のロッカーの前へ。
「まあ、仕方ないか…。今の俺はそんなもんだ…」
次の大会では。そう意気込み、優斗は着替えを済ませ、更衣室を出る。
優斗の後姿を見届けた陽太は、右肩に掛けたタオルをバッグへ。そして、制服の半袖シャツに腕を通す。
一つ息をつき、ボタンを一つ掛けると同時に、上級生が更衣室へ。和正は上級生に続くように入り、陽太の左隣へ。そして、タオルで汗を拭い、正面を見る。
「何話してたの?」
ボタンを更に一つ掛けた陽太が和正に問う。
「明日の先発メンバーについて。俺はベンチスタートだけどね」
タオルをきれいにたたみ、そう答える和正。
攻撃と守備の切り替えが上手く出来なかった和正はこの日の練習で自身の不甲斐なさに肩を落とした。
「あれこれ考えちゃうからさ」
和正は真面目な性格。だからこそ考え込んでしまう。そのため、意識が一方に傾いてしまい、プレーに影響が出てしまう。それが和正の弱点だった。
その結果、連携が上手くいかず、和正はベンチスタートとなった。
高い技術があれば先発の座を掴める。そのような考えを一蹴するような出来事だった。
陽太と和正は会話に夢中になり、七時二〇分近くまで更衣室にいた。他の部員は既に更衣室を出ていた。
和正は更衣室を見渡す。
そして、急ぐように制服に着替え、陽太と共に更衣室を出る。
県大会は
南山取駅に到着し、自宅へと向かう陽太。その道中、無数に輝く星が浮かぶ夜空を眺める。すると、ある人物の顔が陽太の頭の中に浮かんできた。
「あいつはどうなったのかな…」
すると、陽太の言葉に応えるように、背後から女性の声が彼の耳に届く。
「県大会出るよ」
その声に気付き、振り向く陽太。視線の先には、制服を着た笑顔の少女の姿。山取東高校の生徒ではない。
「遅い時間まで練習してたの?」
「友達と更衣室で話に夢中になってさ。気付いたら」
「あはは!そうだったんだ。陽太らしいね」
結衣だ。彼女も丁度帰宅するところだった。
陽太は結衣と言葉を交わしながら夜道を進む。
中町中央高校女子バスケットボール部は圧倒的な得点力でブロックを勝ち上がり、県大会出場を決めた。
山取東高校女子バスケットボール部は攻守にバランスの良い戦いで、同じく県大会へ駒を進めた。
真美はメンバーに選出されたが、結衣は惜しくもベンチに入ることが出来なかった。しかし、結衣の表情は晴れやかだった。
次の大会ではベンチに入り、勝ち上がり、その上へ。結衣は前を見据える。
だが、それは陽太も同じだった。
「今回は真美とコート上では戦えないけど、次回以降、対戦機会があったら絶対真美とマッチアップしたい!」
真美も同じ気持ちだ。
しばらく言葉を交わしながら道を進むと、陽太の自宅が見えてきた。その隣に結衣の自宅が。
「じゃあな!おやすみ」
「うん。おやすみ」
陽太は結衣に手を振り、玄関へと歩を進める。そして、ドアが開くと同時に、陽菜の声が結衣の耳に微かに届く。
結衣は立ち止まり、陽太と陽菜の会話に耳を傾ける。
「おかえり!結衣お姉さんと帰ってきたの?」
「何で分かったんだよ?」
「お兄ちゃん、楽しそうだから」
「『楽しそう』って。結衣はどう思ってるか分かんないぞ?」
陽太は靴を脱ぎ、階段を
その表情はリビングのドアを開けた希の目にも映っていた。
しかし、口元が緩んだのは陽太だけではなかった。
「学校は違うけど、一人の選手として応援してるからね…!」
結衣のやさしい声が風に乗る。この言葉は陽太に届いただろうか。
「ただいま」
玄関のドアを開けた結衣。二階へ
「絶対大丈夫…!皆、陽太の凄さに気付いてくれるから」
しばらくして、一階へ下りた結衣はダイニングの椅子へ腰掛け、箸を持つ。
その姿を見た結衣の母、
それは何を示しているのか。
この段階では分からないが、いずれ幸恵の目にその正体が映るだろう。
結衣は箸を置き、キッチンへ。グラスに水を注ぎ、再び椅子へ腰掛ける。幸恵の目に映ったのは、力強くもはにかむような表情を浮かべる結衣の姿。
「全国で活躍出来る選手になってね…!」
心が通じ合ったように幸恵と希が呟く。
翌日。山取東高校男子サッカー部、女子バスケットボール部、そして、中町中央高校女子バスケットボール部は県大会一回戦を突破した。
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