第三〇節 運命的な再会と出会い

 授業を終えた陽太達は傘を差し、東山取運動場へ向かった。彼らの目の前に映ったのは広大な土地とその場所に建つ体育館の外観。


 「広い…!」


 陽太が呟くと一緒にいた和正と猛が頷く。


 体育館の奥にネットに囲まれた野球場。センター方向に電光掲示板が設置されている。


 そして、野球場の一塁側、三塁側のネットと通路を隔でて、サッカー場。


 「雅彦君が言ってたことはこういうことだったんだな」


 和正の言葉に陽太と猛が頷く。


 

 更衣室は体育館内。入口から見て正面がコート。右手と左手を少し行くと更衣室がある。サッカー部の更衣室は右手側。陽太達は靴を下駄箱へ入れ、更衣室へ向かった。


 「失礼します」


 陽太がドアをスライドさせると、キャプテンの公彦など二、三年生が着替えていた。陽太達の声を聞き「おう!」と公彦が迎える。


 広々とした更衣室内に六〇は下らない縦に長い扉のないロッカーが囲むように設置されている。三年生がドアから見て左側、二年生は中央のロッカーを使用している。


 右側のロッカーを見る陽太達。よく見ると、一年生の名前が記載されたテープがロッカーに貼付されていた。


  陽太達は自身のロッカーを探す。



 「あった」


 陽太のロッカーは右端。左隣は和正だった。




 陽太はバッグから練習着を取り出し、和正を言葉を交わしながら着替えた。


 「陽太の隣になるなんてな。小学生の時も隣のロッカーで着替えてたし。これも何かの運命なのかもな」


 陽太は「大袈裟だよ」と笑いながら言葉を返す。しかし、和正の表情には冗談という文字は見えなかった。


 

 


 「和正ってどこの中学に行くの?」


 「隼仙しゅんせん学院大附属中だよ。隼仙学院大学っていう学校の附属中学なんだ」


 「へえ…!」


 

 小学校時代、陽太と和正が更衣室で交わした会話だ。



 和正は隹海町とりみまちに住む。陽太とともに小学校時代に在籍していたサッカーチームは山取市を拠点としている。拠点が隣町の隹海町と近いため、隹海町に住む小学生も入団する。


 隹海町にはサッカーチームが複数あるが、和正は通いやすさを考慮し、山取市のサッカーチームを選んだ。



 和正が卒業した小学校は隼仙学院大学附属小学校。隹海町内に小学校から大学の校舎、キャンパスを構える。


 附属校に入学した生徒のほとんどは試験などを受け、隼仙学院大学まで進学する。


 進学には中学校、高校時代の成績も加味したうえで結果が出される。中には系列校へ進学せずに、公立高校や他系列の私立高校へと進学する生徒もいる。


 そのうちの一人が和正だった。



 和正が隼仙学院大学附属中学校へ進学すると陽太に話した時の表情はどこか曇っていた。


 本意ではなかったからだ。



 「良い学校を出て、良い会社に就職する」


 

 和正が耳にした彼の母、美幸みゆきからの言葉だった。


 もっともな言葉。


 和正は説得力のある美幸の声に反論することが出来なかった。しかし、反論したかった。


 自分の道は自分で決めたい、と。


 

 和正は学業成績優秀で、期末試験では学年で上位三番以内に入る程。そして、部活では県大会準決勝まで勝ち進んだ。試合での活躍を見て、多くの高校が和正に声を掛けた。


 しかし、和正はオファーを全て断った。



 夢が見つかったからだ。



 将来、指導者などサッカーに関わる仕事に就きたい。プレーする中で、その思いが芽生えた和正。


 そして、強豪校を倒したい。


 それらの思いが和正の心を大きく揺るがした。



 だが、美幸が許してくれるかどうか。和正はこのことを不安に思っていた。



 大会終了後のある日、自宅のリビングで美幸が和正に尋ねる。



 「系列校に行くんでしょ?」


 その問いに、少し間を置き、和正が答える。



 「山東に行きたい」


 美幸はその言葉で腕を組んだ。


 やはり反対されてしまうのだろうか。和正は真剣な表情で美幸の目を見る。


 リビングは張り詰めた雰囲気に包まれた。その雰囲気を一気に変えたのは和正の父、和俊かずとしだった。少し強面こわもてだが、どこかやさしさが感じられる表情をしている。


 リビングへ入ると、和正へ声を掛けた。



 「山東か。いいじゃないか。和正にはスポーツの道がぴったりだ」


 笑みを浮かべる和俊。


 「ちょっと!お父さん」


 声を荒げる美幸。



 「もういいだろ?和正は夢を見つけたんだ」


 和俊はこれまで何回も美幸の教育方針について反論してきた。しかし、美幸は和俊の言葉に聞く耳を持たなかった。



 「和正の夢を応援してあげるのが俺達の役目だろ?」


 和俊の低くどこか説得力がある声に美幸は口を結び、首を縦に振ることしかできなかった。



 和俊の言葉が和正の道を切り拓いた。和正は改めて山取東高校への進学を決意し、入学試験を受験。見事に合格を勝ち取った。




 そして、四月。同じく山取東高校に入学したのが陽太だった。


 小学校時代は同じチーム。中学校時代は離れたが、山取東高校に入学すると同じクラスになり、更衣室のロッカーは隣。陽太の言うように大袈裟かもしれないが、これは運命だったのかもしれない。



 しばらくして、続々と一年生が更衣室へ。和正の左隣は大崎健二郎おおさきけんじろう。陽太と和正が言葉を交わしながら練習場へ向かう後姿を見つめながら笑みを浮かべる。



 「あの二人と同じ学校に入学したのは偶然じゃないのかもな…」



 ロッカーへ顔を向ける健二郎。


 練習着に着替え終え、練習場へ向かおうとした。


 その時。



 「あれ…」


 健二郎はあるものを見つけた。

 

 

 和正のバッグの中に入っていた一年生部員の集合写真だ。写真のふちには「感謝」の文字。



 健二郎の表情が緩む。



 「こっちこそ感謝だよ…!」



 健二郎も夢を見つけたのだから。



 「よし!行くか!」


 一呼吸置き、健二郎は練習場へ。彼の目の前に映ったのは楽しげに言葉を交わす陽太と和正の姿だった。



 そして、猛や大輔など一年生が続々と彼らの周りに集まる。


 和正の表情には笑顔が溢れる。



 

 「感謝」の文字は陽太達に向けて。



 そして。



 山取東高校への進学の意志を受け止めてくれた和俊に。


 運命的に陽太と再会、猛達と出会わせてくれた和俊に向けて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る