第二九節 化学反応

 五月三一日。この日は朝から本降りの雨。六月三日から県大会が始まる。


 「今日はまないんだよな…」


 和正は廊下の窓に当たる雨粒を見つめ、呟く。



 しばらくして、陽太が登校。彼の左隣には猛、右隣には将司の姿。三人は和正の姿に気付くと、彼の元へ歩み寄る。


 「雨だな」


 和正の暗い声が三人の耳に届く。三人は窓から練習場を眺める。


 土の練習場には多くの水たまりが作られていた。足元がぬかるみ、まともに練習出来る状態ではない。

 

 上級生とのミニゲームの日以来、三学年揃って学校の練習場での練習が続いた。これは、もう一つの練習場の点検などが理由だった。



 練習場を眺めていると、背後から大石の声が陽太達の耳に届く。その声で陽太達は振り返る。



 「昨日で向こうの練習場の点検が終了して、使用可能になった。今日から三学年揃って向こうで練習するぞ。場所は校門を右に出てずっとまっすぐ。『東山取ひがしやまとり運動場』の看板が目印だ。雨の中の移動になるがよろしくな」


 そう言い残し、職員室へと向かう。大石の背中を見届け、再び練習場へと目を向ける四人。


 楽しみと僅かな緊張が陽太達を包む。



 「行ったことないもんな、俺達」


 和正の言葉に三人は頷く。


 

 もう一つの練習場である「東山取運動場」にはサッカー場の他に、野球場や体育館などの施設がある。山取東高校の野球部、ソフトボール部、バレーボール部、そしてバスケットボール部も練習や練習試合で施設を使用している。


 

 練習場について話していると、一人の男子生徒が彼らに声を掛ける。


 「良い所だぞ。自販機もシャワールームもあるし」


 野球コースに在籍する鈴川雅彦すずかわまさひこだ。真美と同じく、陽太の小学校時代からの友人である。


 「サッカー場は二つあるんだ。丁度、野球場からも見えるんだよ。練習の合間に陽太のプレーが観られるな」


 笑みを浮かべながら話す雅彦。



 「雅彦に下手なプレーを見せるわけにはいかないな」


 笑みを浮かべながらもどこか気の引き締まった表情を浮かべる陽太。



 「素人の目から見ても上手かったぞ。陽太は」


 陽太は謙遜するように首を横に振る。



 「何で強豪に行かなかったんだよ」


 雅彦の言葉に猛、将司が頷く。



 一時いちじは強豪校への進学も考えた陽太。しかし、勉学のことも考え、山取東高校へ進学。


 サッカーについて学びたかったから。


 そして。



 「強豪を倒したいから」


 陽太の言葉に雅彦は口元を緩める。

 


 「夢だったもんな。全国の舞台でプレーすることが。そして、更に上の舞台で。俺も似たようなもんだよ」



 雅彦は中学校時代、主にセカンドを守った。堅い守備と巧みなバッティングでチームを引っ張り、県大会準々決勝まで勝ち進んだ。


 守備では幾度となく難しい打球を難なく処理し、打撃では三試合連続で複数安打を記録するなど、県下で名の通った選手だった。


 しかし、強豪校からの誘いは届かなかった。



 「雅彦だったら話が届くと思ってたもん」


 「凄い選手がたくさんいたからな。そんな選手の中に紛れちゃ、俺の活躍なんて霞んでしまうよ。それに、話を貰えたとしても、多分断ってただろうから」



 勉学も考えて。


 そして。



 「強豪を倒したいから。そして、全国に行きたいから」


 そう言うと、雅彦は陽太の左肩に手を置く。



 「絶対行けよ、全国に。俺達も絶対行くから…!」


 雅彦の言葉に陽太は力強く頷く。



 その後、五人で言葉を交わす。和正達はあっという間に初対面の雅彦と仲良くなった。


 これが、雅彦の凄さだ。



 チャイムが鳴り、雅彦は教室へと戻る。それらすぐ、長谷川と宮城が四人の背後へ。



 「鈴川は誰とでもすぐに打ち解けることが出来るからな。それに、皆を明るくしてくれるし」


 長谷川の声。



 「競技は違えど、プレー以外の面でもベンチにいたら心強いだろうな。鈴川みたいな選手は」


 宮城の声。


 

 生まれ持ったもの。練習によって身に付いたもの。雅彦の明るさは生まれ持ったもの。公式戦での好守、好打は日頃の練習の成果。

 

 それらが合わさり、チームは勝ち進んだ。



 「野球部、全国に行けるかもしれませんね。勿論、サッカー部も。今日からの練習でお互いにとっていい刺激になってくれれば」



 長谷川の言葉に頷く宮城。


 

 その後、長谷川、宮城に続くように四人は教室へ。そして、一時間目の授業を受けた。



 

 「キーンコーンカーンコーン」


 

 チャイムが鳴り、一時間目が終了。長谷川は教室を出て、職員室へ。


 陽太と和正、猛は廊下へ。そして、窓から練習場を眺める。


 雨は少し弱まったが、水たまりが増えていた。


 

 陽太は水たまりを見つめながら考える。



 自身に水たまりを蹴散らすほどのものがあるのだろうか、と。それは手で掴むことが出来る「物」ではない。


 内面にある「モノ」だ。



 あれこれ考える陽太。そして次の瞬間、無意識に口が開く。



 「より高温の熱を加えたりすることで、より早く蒸発するんだよな」


 理科の実験を思い出すかのように呟く陽太。その言葉に一瞬戸惑いを見せる和正と猛。


 しかしすぐに陽太の言葉の意味を理解する。



 和正、猛が持っていないもの。そして、陽太が持っているもの。この陽太の持っているものが全国へのカギとなる。二人はそう思った。


 

 昼休み。食事を終えた長谷川は大石と談笑。その中で、ある人物が話題に上がる。


 「良いものを持っている。練習と実戦を積み、技術が上達することで、より相手に脅威を与える存在になるだろう。今日からの練習で更にな」



 そして、この人物ともう一人の人物が大石の頭の中の映像に登場。その二人は切磋琢磨しながら練習に取り組んでいた。


 大石の表情に笑みが浮かぶ。その横顔を見つめる長谷川。


 すると、それから間もなくして、二人の男子生徒の会話が大石と長谷川の耳に届く。その二人は大石の頭の中に登場した二人。


 声が近くなる。


 

 「陽太に下手なプレー、見せられないな」


 「俺の目から見ても上手いけど、雅彦」


 「俺と同じこと言ってる?」


 「そっちこそ!」



 真っ赤に染まった闘志を抱いた背中は高みを目指すように階段をゆっくりと上り始めた。

 

 

 



 



 

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