第二七節 「ビッグな選手になれ!」
金曜日の朝。登校した陽太の目に映ったのは楽しげに言葉を交わす
二人は六月に開幕する県大会について話していた。
「『どんな選手がいるんだろうな』とかさ」
心を躍らせるように話す肇。
「俺達からしたら未知の世界だったから」
青空を眺めながら話す幹也。
実は和正、猛、そして大輔を除く男子サッカー部の一年生は県大会への出場経験がない。猛と大輔は小学校時代から一緒にプレーし、中学校三年時に県大会準々決勝まで勝ち進んだ。同じ年、和正が通っていた中学校は準決勝まで勝ち進んだ。
入学後最初の練習の段階では彼らにとって三人は遠い存在だった。しかし、練習を重ねるにつれ、その距離は縮まっていった。
肇には一つ気になることがあった。
それは何故自身が試験を通過したのかということだ。肇本人としては筆記、実技ともに手応えを感じられない内容だった。
どこを評価してくれたのか。肇は気になっていた。
入学試験は筆記と実技。そして、内申点などを総合して判定される。筆記のみ、実技のみで好成績を収めても意味がない。
学科試験では基本的な学力が身に付いているか、勉強についていけるか。これらのことが判定される。
実技試験では基本的な技術が身に付いているか。
そして。
「三年間、サッカーを続けることが出来る生徒かどうか」
陽太達の背後から声が聞こえた。振り向くと宮城が笑みを浮かべ、陽太達を見つめる。
「それらの評価項目を満たしたから小岩達は通過したんだ」
そう言い残し、職員室へと向かう宮城。陽太達は宮城の後姿を見つめる。
それから間もなくして、再び陽太達の背後から声が聞こえた。
「宮城先生と何話してたんだよ?」
振り向くと和正がリュックサックを右手に提げ、陽太達に尋ねた。
和正をじっと見つめる陽太達。それに少し動揺する和正。
すると、陽太達の頭の中で宮城の言葉が再生された。
三年間、サッカーを続けることが出来る生徒かどうか。
その言葉に小さく頷く三人。
「続けたい」
幹也が小さくそう言う。
「実技試験であの三人を見て『あいつらとプレーしたい』って思ったもん」
肇はそう言うと練習場を眺めた。
筆記と実技に加えて、彼らの強い気持ちも結果に繋がったのだろう。
しばらくして、噂をかぎつけたかのように猛と大輔が四人の元へ歩み寄った。陽太、肇、幹也は猛と大輔を見つめる。動揺する猛と大輔。
大輔は陽太を見つめる。すると、何かを否定するようにやさしい表情で首を数回、横へ振る。
「陽太の方が一〇枚くらい上だぞ」
大輔の言葉に陽太は冗談はよせ、と言うように首を横に振る。そして、大輔の方がもっと上、というジェスチャーを見せる。
陽太と大輔が楽しそうに言葉を交わす姿を見つめながら四人は心でこう呟く。
陽太も大輔も凄い選手だぞ。
しばらく言葉を交わしていると、チャイムが鳴った。六人は教室へ戻り、席へ着いた。
教科書とノートを開き、授業を受ける陽太。ふと、窓の外の景色を眺めていると、ゆっくりと雲が動いていく景色が目に映る。
雲は行き先を自分で決めることが出来ない。風に導かれるように進んでいく。ここはどこだ、と言いたくなるような場所に辿り着くこともあるだろう。
だが、それは雲にとっては楽しみの一つかもしれない。
黒板へ目を向ける陽太。
自分は目標とする場所に辿り着くことが出来るだろうか。風任せではなく、自身の力で。
心の中で天に尋ねる陽太。
すると、風が軽く窓を叩いた。まるで、陽太の問い掛けに応えるように。これが何を意味しているのか、陽太には分からない。
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴り、一時間目が終了。教科書とノートをバッグへしまった陽太は教室を出て、練習場を眺める。
「二年後、俺はどこまで伸びてるんだろ…」
全国で活躍出来るほどの選手になっているだろうか。プロチームのスカウトの目に留まるような選手になっているだろうか。
風に導かれるようにプロへ進めるわけがない。運だけでは成功しない。実力がものを言う世界。競争に負ければチームから去ることになる。
運があるとすればどのチームに入団するか、そしてチームメイトと指導者が誰かということだ。それが選手生活に大きな影響を与えるだろう。
実際、陽太は山取東高校に入学し、和正と再会し、猛達と出会った。そして、大石、森という指導者と出会った。これは縁であり、運なのかもしれない。陽太はそう思った。
陽太の夢はプロになること。
だが、その前に成し遂げるべきことは。
「でも今はベンチに入ること。そこから先発の座を掴んで、試合で活躍して、勝利に貢献して。それから…」
その先は言わなかった。
笑みを浮かべ、練習場を眺めながら力強く頷いた。
同じ頃。職員室で大石と長谷川が言葉を交わしていた。
「技術という点では他の子には劣っているが、それをカバー出来るものを持っている」
大石の言葉に長谷川が共感するように頷く。
陽太は筆記試験では高得点を叩き出し、見事に合格を勝ち取った。決して運ではない。
「それを持ちながら練習を積み重ねれば…。二年後、あいつは凄い選手になるぞ…!」
大石は二年後を楽しみにするように次の授業へと向かう。
大石の背中を見届けた長谷川も次の授業へ。その途中、一人の生徒の姿が。
その生徒は練習場の景色を眺め、教室へ戻る途中だった。
丁度その時、チャイムが鳴った。教室へ入ろうとした生徒の横顔が長谷川に目に映る。その生徒の表情から決意の表れのようなものが長谷川には見て取れた。
教室へ入り、席へ着いた生徒。
次の瞬間、席へ着いた彼と力也の会話が長谷川の耳に届いた。
「好きな子のことでも考えてたか!?」
「残念でしたー!」
「何だよ、それー!」
教室は笑い声に包まれた。どこかあたたかくなるような笑い声に。
立ち止まった長谷川。
「お前は三年間続けることができる力を持っている。絶対活躍出来る。そして、ビッグな選手になれ、仙田!」
長谷川は教室から聞こえるあたたかな笑い声を聞きながら微笑んでいた。
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