第二六節 二年後のヒーロー

 後半は二五分過ぎ。浜渡高校の三番の選手へとボールが渡る。右サイドをドリブルで駆け上がり、山取東高校陣地内へ。徹がプレッシャーをかけると、サポートへ回った五番の選手へボールを預ける。


 様子を窺う樹。


 五番の選手はそのままドリブルでペナルティーエリア手前へ。樹がぴったりとつく。


 五番の選手は周囲を見渡し、パスの出しどころを探る。山取東高校はスペースを上手く消す。


 出せない。そう判断し、そのままドリブルを仕掛ける。


 ゴール前に両校の選手が集まる。混戦状態だ。


 五番の選手は右サイドへと抜ける。そして、そのまま深くまで侵入。


 樹がマークにつくが、彼の一瞬の隙を突き、五番の選手はドリブルで突破。


 しまった、と樹が振り向くと既にペナルティーエリア内へ侵入していた。


 公彦が五番の選手につく。樹達フィールドプレーヤー九人はゾーンを敷く。


 パスコースを塞ぎ、動きを窺う。ドリブルで揺さぶるが、公彦は惑わされることなく対応する。


 次の瞬間、浜渡高校の選手一人が左サイドへ抜け出す動きを見せる。ついていたのは俊哉。動きを見せただけで抜け出すことはなかったが、これにより俊哉に動揺を与えた。


 大石はそれを読んでいた。


 「上手く反応出来るか…」


 

 大石がそう呟いた直後、五番の選手は周囲を見渡し、ふわりとボールを上げる。それを見て、俊哉についていた九番の選手が反応。俊哉は反応が一瞬遅れてしまった。


 頭で合わせたボールは枠を捉え、佳宏の手をかわすようにバウンドする。


 浜渡高校側のスタンドから歓声が上がる。しかし、一瞬だけ。それからすぐ、今度は山取東高校側のスタンド側から歓声が上がる。


 ある選手がクリアしたボールは左サイドへと流れる。ボールの行方を目で追う佳宏と俊哉。そして、ボールはそのままタッチラインを割る。


 山取東高校のフィールドプレーヤー八人と佳宏が和正の元へと駆け寄る。九人がハイタッチを交わし、ポジションへ散った後、俊哉は和正の元へ駆け寄る。


 「ごめんな、俺が抜かれたから…。今野に助けてもらってばかりだな…」


 申し訳なさそうな表情の俊哉に和正は笑顔で応える。


 「そんなことないですって。寧ろ、こっちが助けてもらってますから。絶対勝ちましょ!」


 そして和正は軽快な足取りでボールを奪いに走る。

 

 将来のキャプテンはあいつだろうな。和正の姿を見て、山取東高校の一年生部員全員がそう心で呟く。



 和正は大石も認めるほどの選手。だが、県下で名を轟かせるほどの選手ではなかった。


 和正が通っていた中学校はサッカーが盛んな地域にある。その地域クラブチームに所属していた生徒も入学する。

 

 入学後の夏の大会では和正を含め、三人の一年生が先発の座を掴んだ。この時の二人は私立高校に通いながらプロの下部組織でプレーしている。後に先発の座を掴んだ部員は県外の強豪校へ進学した。


 和正の元にも話が届いた。


 

 「オファーは嬉しかった。でもな…」


 陽太の頭の中で和正が発した言葉が流れる。ピッチへ目を配ると、どこか満ち足りた表情を浮かべる和正の姿が映る。


 リードしているからではない。



 「自分より大きい壁があったらそれを越えたいから」



 後半三〇分。和正が前線へ大きく蹴り出したボールを幸俊が受け、右サイドを駆け上がる。ドリブルでディフェンスをかわし、ゴール前へクロスを上げる。


 混戦状態のゴール前を抜け出し、徹か低い位置のボールを右足で合わせる。


 ボールは枠を捉え、きれいにゴールネットへと吸い込まれる。


 三対〇。


 手荒い祝福を受ける徹。和正とハイタッチを交わすと、笑顔で彼に言葉を掛ける。

 

 和正はそれに応えるように笑顔で頷く。


 歓声が沸き起こる山取東高校側のスタンド。


 和正はスタンドで応援する陽太達を見る。


 

 「凄い奴らとチームメイトになれたから」


拳を高くかかげ、和正はポジションへと戻る。



 「夢を掴みたいから」


 

 浜渡高校ボール。素早くパスを回し、ディフェンスを切り崩そうとする。


 それに臆することなく、山取東高校はゾーンを敷く。


 

 後半三五分を経過。追加時間は三分。山取東高校のフィールドプレーヤーはボールをペナルティーエリア内へ運ばせない陣形を敷く。


 公彦の声がピッチに届く。


 まだ試合は終わっていない。気を抜くな。


 浜渡高校の攻撃を封じる山取東高校。



 そして。


 「ピーッ!」


 試合終了のホイッスル。


 歓声が沸き起こる山取東高校側のスタンド。


 ハイタッチを交わす山取東高校のイレブン。


 がっくりと肩を落とす浜渡高校のイレブン。



 その後整列し、スタンドへ一礼した両校の選手は握手を交わす。


 浜渡高校キャプテンと握手を交わす公彦。その時、笑顔でこう言葉を掛けられる。


 「絶対、県大会に行ってくださいね」


 公彦はその言葉に笑顔で頷きながら「はい!」と応える。


 

 その後、両校の選手はロッカールームへ。陽太達は選手達を見届け、腰掛ける。そして、高揚感に包まれながら帰宅の準備を進める。


 


 夕方。帰宅した陽太は寝室へバッグを置く。


 室内を見渡すと、カレンダーが視線の先に映る。陽太は小さく載っている六月のカレンダーを見つめる。


 カレンダーを前に陽太は力強く頷く。


 「来年はベンチ…。いや、先発の座を掴んで県大会に行くぞ!明後日、絶対勝とうぜ、和正!」


 笑顔を見せる陽太。この言葉は和正に届いただろうか。



 寝室を出て、階段を下りる陽太。すると足音を聞いた陽菜が階段を上り、陽太へ歩み寄る。


 「遊ぼ!」


 満面の笑みを浮かべ、陽太に声を掛ける陽菜。


 一呼吸置いた陽太は「おう!」と応え、陽菜に手を取られるようにゆっくりと階段を下り、庭へ出る。


 陽菜の左手にはサッカーボール。



 庭でサッカーボールを転がす陽太と陽菜。


 すると、サッカーボールを転がす音に誘われ、仙田家の庭の前に辿り着いた一人の少女の姿が。少女は二人の姿を微笑みながら見つめる。


 

 「いくぞ!」


 「うん!」



 二人の楽しそうな声が少女の耳に届く。


 丁度帰宅した健司の耳にも。


 少女は健司に挨拶をし、引き続き二人がサッカーボールを転がす姿を見つめる。


 二人を見つめながら少女に健司が言う。



 「陽太は絶対凄い選手になる。俺がスクールのコーチだからじゃない。あいつは良いものを持っているんだ。俺にはないものをね」


 少女は健司へ視線を向ける。



 「二年後、全国でヒーローになれますよね…?陽太」


 少女の問いに健司は笑みを浮かべる。


 「ああ、絶対なれる。そして、更に上の舞台でもね」


 健司の言葉に少女は笑みを浮かべる。



 陽太が出したパスは陽菜の足元へ。



 健司と少女はやさしい表情で二人を見つめる。


 

 「ごめーん!お兄ちゃん!」


 「いくぞー!」




 二日後。山取東高校は一対〇で勝利し、県大会出場を決めた。

 


 

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