第二五節 「それまでに成し遂げたいことがあるんだ」
「ピーッ」
ホイッスルが鳴り、一対〇で前半が終了。両校の選手は裏へと下がる。
陽太達は席へと腰掛ける。
水筒を傾け、口にミネラルウォーターを含む陽太。喉を潤し、水筒をバッグへしまうと、電光掲示板へ視線を向ける。
県内屈指の得点力を誇る浜渡高校の攻撃を零点に封じた山取東高校。これまでの試合で、このようなことはなかった。
「大石先生が三年前にこっちに来て、最初の対戦相手が浜渡だったんだって。その試合で大敗したって言ってた」
輝久が康之に言う。
大石はこの年四七歳。四四歳の時に山取東高校へ赴任した。
ある日の練習後、大石は陽太達にこう話していた。
「公立高校の教員だ。よほどのことがない限り、俺は仙田達が卒業する年に異動になるだろう。それまでに成し遂げたいことがあるんだ」
大石はこれまでに幾つかの高校で数学を教えながらサッカー部の監督を務めてきたが、全国大会で指揮を執った経験がない。
陽太達にとっては全国大会など夢のような話。
吉田体育大学附属高校の他にも浜渡高校をはじめ、県内には強豪校が幾つもある。その強豪校を倒さなければ全国大会への道を切り拓くことは不可能。
大石が山取東高校赴任後最初の試合で浜渡高校に六対〇と大敗を喫した。それ以来、大石はディフェンス強化を掲げた。
日を重ねるごとに改善されていくが、それでも今一つものにならないと大石は感じた。
そんな前年一二月のある日。
自分とはまた違った視点を持つ人物をコーチに招こう。
そう考えた大石は高校時代の後輩で健司の友人である森へ声を掛けた。森はその当時、クリーニングショップ経営の傍ら、健司の職場であるサッカースクールで特別コーチを務めていた。
森は大石からオファーを貰った際、健司に相談した。
すると。
「チャンスじゃないか。この機を逃したらもしかしたら二度と話は来ないかもしれないぞ。行ってこいよ!」
健司は快く送り出した。
そして、就任後最初の試合が吉田体育大学附属高校との練習試合だった。
相手は全国大会出場経験のある選手ばかり。そして連携がかみ合わず、弱点を突かれ、大敗を喫した。
この試合を機により連携を強固なものにした。
それが一回戦とこの試合で活きていた。
場内の時計へ目を向ける陽太。時刻は一〇時四五分過ぎ。ピッチには選手の姿が見え始めた。
間もなく後半のスタート。陽太達は立ち上がり、後半に備えた。
「あれ?」
とある数字が陽太の目に留まった。
二〇番。
和正が着けている背番号だ。
一回戦は後半途中からの出場だったが、この試合は後半の頭からの出場。円陣を組み、ハイタッチを交わした和正はポジションについた。
「今日はCBか」
陽太の言葉と同時に後半開始のホイッスルが鳴った。
胸部と背部が赤色、両袖部分が白色のユニフォーム、山取東高校が細かくボールを繋ぎ、和正へ。相手選手がプレッシャーをかける。
それを見た和正は前線へ大きく蹴り出す。落下地点には幸俊。相手DFとの空中戦を制し、ボールをキープする。
幸俊には二人の選手がつく。そこへ、徹がサポートへ回る。幸俊からのパスを受け、ドリブルで切り込む。
一人抜いた徹の目の前にスペースが出来た。徹はそれを見て、右足を振り抜く。
ボールはゴール左上隅へ。GKが跳び、手を伸ばす。
入れ。そう念じた徹。
ボールは僅かに指をかすめ、ゴールポストを叩く。そして、ゴール前へ。
それを見た俊哉が押し込む。
しかし、GKの正面。
悔しそうな表情を浮かべる俊哉。幸俊がやさしく俊哉の背中に手を置く。
俊哉は頷き、ディフェンスへと切り替える。
GKが前線へ大きく蹴り出す。落下地点には樹。
空中戦は相手選手が制し、樹がディフェンスにつく。
ドリブルで樹を揺さぶる。樹は何とか食らいついている状態。
そこへサポートへ回った選手がボールを要求。パスを受けると、ドリブルでペナルティーエリア手前へ。
山取東高校はゾーンを敷き、パスコースを塞ぐ。
相手選手は周囲を見渡し、出しどころを探る。
すると、左サイドから一人の選手が駆け上がる。それを見てパスを出す。ボールは渡り、左サイド深くからドリブルで切り込む。
公彦がつくが、いとも簡単に突破されてしまう。
スペースが出来てしまった。
佳宏と一対一。
相手選手は右足を振り抜く。
ボールは佳宏の手に当たり、ゴールライン手前へ。相手選手が押し込もうとした。
次の瞬間。
ボールを蹴る音が佳宏の耳に届く。しかし、ゴールネットは揺れていない。
ボールは佳宏から見て右サイドへと流れる。すると、山取東高校側のスタンドから歓声と拍手が起こる。
「いいぞ!今野!」
大石の声。
佳宏の後ろに立っていたのは和正だった。彼は表情を変えずにボールの行方を目で追う。
そしてボールがタッチラインを割ったことを確認し、一つ息をつく。
佳宏が和正の背中に手を置く。
公彦が和正に駆け寄り、申し訳なさそうに肩を軽く叩く。それに応えるように和正が笑顔で頷く。そして、ディフェンスへ。
ペナルティーエリア内で一対一の状況でファウルをとられないディフェンス。練習試合での陽太を彷彿とさせるプレーだった。
いや、そのプレーをより進化させたプレーだったのだろう。
その後、佳宏がシュートストップ。スタンドから歓声が上がる。
そして、後半一八分。
幸俊の右サイド深くからのクロスに反応した和正がボレーシュートを決め、二対〇になった。
公彦達から手荒い祝福を受ける和正。その和正の姿を見つめる大石。
「森君がコーチになった数ヶ月後に凄い選手が入ってくるなんてな…」
何かを確信したようにそう呟いた大石はスタンドで声援を送る陽太達を見つめていた。
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