第二四節 「こっちも負けてないぞ」

 翌日。朝食を済ませた陽太は岩浜運動公園サッカー場へ向かった。この日は小雨がぱらついていた。その南山取駅へ道中、前日の試合の映像が陽太の頭の中で流れる。


 「やっぱり上手かったな…」


 映像に出てきたのは後半から途中出場した和正の姿だった。和正は〇対〇の後半二二分から出場。


 和正の本職はCBだが、前日の試合ではRSBとして出場。守備では無失点、攻撃では二得点全てに絡む活躍を見せた。


 スタンドから試合を見守っていた陽太は改めて和正の凄さを実感した。



 守備ではサイドからのドリブルでの侵入を防ぎ、クロスを上げさせないほどのマークで攻撃の芽を摘んだ。


 攻撃ではサイドを駆け上がり、敵陣深くからクロスを上げ、チャンスメイク。そのボールに味方が反応し、ゴールに繋がった。


 和正が先発の座を掴むのはそう遠くはない。


 陽太はそう思った。


 いや、スタンドにいた一年生全員。


 

 試合後、駅へと向かう道中で陽太は和正と言葉を交わす。



 「俺がすぐ先発になれるかって?それは無理だろうな」


 そう話す和正の表情には「冗談」という文字はなかった。


 和正はこう続ける。


 

 「先生に同じ質問をしたら同じように答えると思うぞ?」


 和正は現状の自分には満足していない。陽太の目には和正の姿がそのように映った。



 先発の座を掴んでも、次の試合ではベンチスタートになるかもしれない。そういった危機感を持ちながら和正は練習に取り組んでいる。勿論、和正以外の部員全員。



 「一試合だけの活躍じゃ本当の実力は分からないから。次に巡ってくる出場機会でもそういったプレーが出来るように準備しないとな」


 

 前を見据える和正。

 

 

 ここで、陽太の頭の中で流れる映像が終了。


 同時に、陽太は一つ息をつく。



 この試合では和正は出場するのだろうか。先発に入っているだろうか。


 あれこれ考えているうちに、南山取駅に到着。岩浜駅までの切符を購入し、ホームで列車を待つ陽太。


 周囲を見渡していると、ある文字が陽太の目に留まる。



 「浜渡はまわたり…」


 この日、山取東高校が対戦する高校名だ。陽太の目には「浜渡高校蹴球部」と書かれたジャージを着用する男子生徒の姿が。


 浜渡高校は毎年県大会に出場しており、前年はベストエイトまで勝ち進んだ。山取東高校はこれまで、一度も勝ったことがない。


 山取東高校にとっては難敵の高校の一つだ。


 「試合には出場出来ないけど…」


 陽太がそう言葉を発してからすぐ、列車接近を知らせるアナウンスが流れた。



 

 「岩浜に到着です」


 陽太は列車を降り、改札機へ切符を通す。駅舎を出ると、僅かに青空が顔を覗かせていた。


 徒歩で会場へ向かう陽太。その途中で康之と大橋輝久おおはしてるひさに会い、二人と言葉を交わしながら歩く。


 

 「浜渡は強いからな…」


 輝久が言う。


 「勝てたら勢いに乗れるよな」


 康之が空を見つめながら言う。


 県大会へは三試合連続勝利することで出場することが出来る


 得点力のある高校。山取東高校はどう守るのだろうか。そして、どう攻撃を組み立てるのだろうか。



 「和正は出るのかな…」


 陽太が呟くと、試合会場前の敷地に到着。


 三人以外、山取東高校の部員は到着していない。三人は敷地内に設置されたベンチへと腰掛け、言葉を交わしながらみなの到着を待つ。


 

 しばらくすると、会場の前にバスが停車し、一〇人以上の生徒が降りる。


 対戦相手の浜渡高校の選手だ。


 

 「皆、上手そうだよな」


 彼らの姿を見た輝久の言葉に二人は頷いた。


 強豪ならではの雰囲気が伝わったのだ。


 しかし、三人は弱気な表情を見せなかった。


 

 それから間もなくして、山取東高校の一年生が続々と到着。その後すぐに開場時間となり、陽太達はスタンド席へと向かった。



 階段を最上段まで上ると、きれいな緑の景色が陽太の目に映る。席へ腰掛けると同時に山取東高校のメンバーがピッチヘと出てきた。


 スタンドまで届く声とボールを蹴る音が会場に響く。


 和正は軽快な動きを見せる。コンディションは良好。



 和正がゴールネットを揺らすと同時に練習が終了し、一度裏へ下がる。その時の和正はどこか自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。



 遠くからだが、陽太にはその表情が見て取れた。



 一五分程が経ち、スターティングメンバーが発表される。


 「山取東高校」


 GKから順に選手名がコールされる。


 

 「八番。青野徹」


 徹の名前がコールされ、スターティングメンバーの発表が終了。その中に和正の名前はなかった。



 一度、電光掲示板を眺めた陽太はすぐにピッチヘと視線を戻す。


 

 しばらくして選手が入場。そして、円陣を組む。


 ハイタッチを交わす山取東高校の選手。そして、ポジションへと散る。



 「ピーッ!」


 ホイッスルが鳴り、浜渡高校ボールで前半三五分が始まった。浜渡高校は細かくパスを繋ぎ、山取東高校陣内へ侵入する。


 次の瞬間、三番の選手がロングパスを左サイド深くへ出す。ボールを受けた九番の選手はドリブルで揺さぶりをかけた後、クロスを上げる。


 ボールは混戦のゴール前へ。

 

 公彦が空中で競り合い、ボールをクリア。ボールはペナルティーエリア外へ転々と転がり、八番の選手が拾う。そして、深い位置からクロスを上げる。


 ゴール前の一部に大きなスペース。ボールはそのスペースの前へ。そして、待ち構えていたかのように一〇番の選手がボールに反応に右足を振り抜いた。


 枠を捉えた。


 しかし。


 GKの佳宏が上手く反応し、パンチング。ボールはサイドへと流れ、俊哉がクリア。


 浜渡高校のスローインとなった。


 安堵の表情を浮かべる山取東高校の応援スタンド。


 

 「やっぱり強いな…」


 松森祐太郎まつもりゆうたろうが言葉を漏らすと、彼の前の席で応援する輝久が振り向く。


 

 「強いけど、こっちも負けてないぞ。祐太郎」


 笑みを見せ、そう話した輝久はピッチヘと視線を戻す。祐太郎は数秒間、輝久の背中を見つめ、ピッチヘと視線を戻した。



 それから二分後。俊哉の二試合連続ゴールで山取東高校が先制した。


 

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