第二一節 順風満帆じゃなかった二人

 昼休み。


 「どうなるかな…」


 弁当箱を鞄へしまい、顔を上げた陽太の耳に不安気な猛の声が届く。


 「どうしたんだよ、猛まで」


 「選ばれないと思っていても、やっぱり期待しちゃうんだよな…」


 猛の声は少し震えていた。その声から陽太に緊張が伝わった。


 ペットボトルのお茶を一口飲んだ陽太。机にペットボトルを置き、二人を見た。


 緊張しているのは二人だけではない。陽太もその一人だ。選ばれないと思っていても期待してしまう。



 自身の鼓動の音が聞こえたのか、制服の左胸ポケットへ目を向ける陽太。この時の陽太の気持ちは彼自身にも分かっていない。



 和正が言う。


 「一年の春からベンチに入れたら凄いこと。それが先発だったら尚更。でも、先発に定着したら今度はその座を守らなくちゃいけないからな。それも難しいことだよな」

 

 「良いことばかりじゃないんだよな…。先発に定着したら今度はその座を奪われるかもしれないプレッシャーを感じながら練習に取り組まなくちゃいけないから」


 猛が言った。


 二人の会話に真剣に耳を傾ける陽太。そして腕を組み、天井の蛍光灯を見た。


 ベンチに入りたい。そしていずれは先発の座を掴みたい。練習を重ね、試合で結果を出すことで、先発に選ばれる可能性は高くなる。


 だが、先発の座を掴み、その座を守り切ることができるだろうか。チームの勝利に貢献することができるだろうか。


 強豪と渡り合うことができるだろうか。


 陽太の能力は未知数。だが、それは多くの可能性があるということ。その可能性が成長へと繋がるのだ。


 その可能性を広げるためには。


 

 「積み重ねだよな」


 和正が言った。


 陽太は和正を見る。


 「良いものを持っていても練習しなければ伸びないし、まだ自分が知らない能力を見つけることもできない」


 「大丈夫だ」と思い込み、練習を怠ってしまうと、あっという間に抜かれてしまう。


 だからこそ


 「積み重ねだよな」


 和正に続くように猛が言った。


 二人の言葉から重みを感じた陽太。


 実は、これは二人の実体験だった。



 中学校時代、和正は一年生の夏に先発の座を掴んだ。試合で結果も出した。それが理由で「三年まで先発確定だ」と安心していた部分があった。


 だが、それが原因でその年の秋の大会から一年間ベンチに入ることができなかった。手を抜いてしまい、他の部員に抜かれてしまったのだ。


 当時の自分自身に呆れたような表情を見せる和正。



 一年生の夏に結果を出して自分の力を過信してた部分があった猛。二年時はスタンドで応援。チームの勝利は嬉しいが、嬉しさと悔しさが入り混じって複雑な気持ちで試合出場メンバーの姿を見ていた。


 二年生の秋の大会以降、練習試合や各種大会に出場することはできたが、先発とベンチを行き来し、レギュラーにはなれなかった。


 当時を思い出し、悔しそうな表情を浮かべる猛。



 ポジションは違えど、陽太にとってはお手本のような二人。陽太は彼らに対して順風満帆にここまで来ることができた二人という認識を持っていた。

 

 だが、実際は違った。


 心の隙が二人をレギュラーの座から引きり下ろした。


 

 二年生の夏の大会終了後、練習する気を失くした猛。ベンチにも入ることができず、やけになっていた部分があった。目指すものもなく、ただ練習に出るだけという感じだった。


 その結果、秋の大会でもベンチに入ることができず、大会終了後、先生から「過信は禁物」と。「初心に戻れ」という言葉で入部した頃を思い出し、がむしゃらに練習した猛。


 だが、日頃から地道に練習を積み重ねている部員には勝てず、あのような結果になった。



 和正が言う。


 「差が出ちゃうよな。その差を埋めようにも限界があるから。中学時代の友達は県外の強豪校に誘われたり、プロの下部組織に入ったり。そいつらには追いつけなかった。皆が遠い存在になっちゃったな…」



 陽太は和正へ尋ねる。



 「和正も話を貰ったとは聞いたけど、悩まなかったのか?」


 和正は笑みを見せ、こう答えた。



 「悩まなかったな。やっぱり山東で勉強したかったし。それに、皆の進路を知ってから強いチームを倒したいって気持ちが芽生えてさ。この選択には全然後悔してない。こうして陽太と再会して、猛達と出会えたし。今、凄く楽しいんだ!」


 和正は目を輝かせた。


 三人の山取東高校への入学は何かの巡り合わせなのかもしれない。和正はそう思った。


 陽太と猛も。


 

 陽太は和正を見る。そして自分は山取東高校に入学したことを後悔していないか自身へ問うた。



 後悔していない。入学できてよかった。こうして和正と再会し、素晴らしい仲間と指導者に巡り会えたのだから。


 自身の心の底から出た答えだった。



 「三年の冬までよろしくな。陽太、猛!」


 笑顔で話す和正。陽太と猛は笑顔で頷いた。


 「こちらこそ!」


 笑顔の三人。


 

 「やっぱり、和正は選ばれると思う」


 「おいおい」


 「和正だもんな」


 「どういう意味だよ、陽太!」



 盛り上がる三人の会話を聞き、卓人と昭仁が振り返り、彼らを見る。


 やさしい表情で。



 卓人が言う。


 「和正、猛、陽太。俺達、凄い奴らと同じ学校に入学したんだな。しかも、同じクラス」


 「強豪校にいてもおかしくないのにな、あの三人。陽太は自分の能力に気付いていないのが勿体ないよな」


 「ほんとだよ。良いものを持ってるのに」


 「勿体無いよな」


 

 三人の楽しげな会話が卓人と昭仁の耳に届く。


 次の瞬間、卓人が昭仁を見る。同時に昭仁が卓人を見る。何かを確信したように。


 微笑みながら三人を見つめる卓人と昭仁。



 そして、用事で二組の教室を訪れた一組の誠が笑みを浮かべ、心でこう呟いた。



 俺も遠回りだった。強豪校から誘われなくて腐ってた。強豪校に行きたかった。入学前までそう思ってた。けど、山東に入って陽太達と出会ってその思いはなくなった。「こんなに凄い奴らとプレーできるんだ」って。全国に行けるかもしれない。三年の冬までよろしくな!

 


 誠の耳にも楽し気な三人の会話が届いていた。



 「選ばれる!」


 「和正だし」


 「どういう意味だよ!」

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