第一九節 「陽太の凄さはね…」
水曜日。陽太は練習を終えると、ベンチに腰掛け、和正と言葉を交わす。
「ミニゲームでまたアピール出来なかった…」
三〇分二本のミニゲーム。陽太はこの日、一本目のみ出場した。交代になったのはアピール出来なかったからではないかと陽太は思った。
「でも、陽太にしかないものを発揮してたじゃん」
「俺にしかないもの?」
「気付いてないのか?」
「全然」
「気付けよ。といっても自分じゃ意外と気付かないものか」
ドリブル突破とボール奪取。これは陽太が健司に言われ、気付いた自身の武器。
自分にしかないもの。
そのようなものがあっただろうか、と陽太は考える。
和正は陽太の横顔を見つめながら笑みを見せる。
「まあ、いずれ分かるさ。多分、皆気付いていたと思うぞ。先生も含めてな。交代になったのは疲労を溜めさせないためかもしれないしな」
和正はそう言い残し、更衣室へ歩く。陽太は和正を目で追う。
和正は二本とも出場した。これにはどのような意味があるのか。
陽太に分かるはずもなかった。
陽太は練習場へ視線を移す。
「自分の良さって意外と分からないもんだよな…。和正が言うように」
陽太は水筒のミネラルウォーターを飲み干すと、立ち上がる。そして、しばらく練習場を眺め、更衣室へと歩いた。
更衣室が見えてきた。その時、猛と大輔の会話が陽太の耳に届く。
「いるのといないのとでは全然違うよな」
猛の声。
それに続けて大輔の声が陽太の耳に届く。
「いてくれると心強いよな」
言葉を交わしながら更衣室を出る二人の後姿を見つめる陽太。
他の部員のことだろう。そう思った陽太は歩を進め、更衣室のドアノブを右手で掴み、室内へ。そして制服に着替え、自宅へと歩を進める。
「南山取に到着です」
南山取駅に到着し、駅舎を出る陽太。すると、背後から陽太の名前を呼ぶ声が。
その声に振り向く陽太。
「真美」
「偶然だね」
「今日は早いな。あ、地区大会か」
「そういうこと。その帰りに学校に寄ったんだ。陽太は来週からでしょ?」
「うん。月曜から」
陽太は真美と会話しながら歩を進める。真美は小学校時代からバスケットボールをしている。結衣とは小学校時代からチームメイト。
「真美はベンチに入ったのか」
「うん。初戦は突破したよ。でも試合には出られなかった。層が厚いから。結衣も突破したって。中町中央とは別ブロックだから、当たるのは県大会から」
絶対勝ち進み、県大会に行く。
そして「結衣と対戦する」と真美は燃えていた。
山取東高校はスポーツが盛んな高校。山取東高校出身のプロスポーツ選手も多い。
「音楽科に入学したのは実家のピアノ教室を継ぐため。でも、バスケも続けたい。上手くなって、勝ち進んで…」
真美はその先を言わなかった。たが、陽太にはそれに続く言葉が分かっている。
「似たようなもんだよ!」
笑顔でそう話す真美。
中学校時代、陽太から見ても真美のプレーには目を見張るものがあった。だが、真美も結衣と同じく、陽太の凄さに気付いていた。
真美の横顔へ視線を向ける陽太。
「声を掛けてもらえるか分からないけど、出来るところまでやってみたいんだ。『高校でダメなら諦める』って話したらお母さんが『本当に悔いがなくなるまでやりなさい。アンタ、諦めが悪いから』って」
自身と似た目標を持つ真美の言葉が陽太の胸に染み込む。
「陽太は?」
真美の問いに、空を見上げる陽太。自分はどうだろうか。もし、誰にも見つけてもらえなければ、夢はそこで途絶える。だが、夢を追いたい。そして、叶えたい。
諦めたくなかった。
「諦めたくない。小さい頃からの夢だったから。でも『無理だ』って言われて…。落ち込んで本当に諦めようかと考えてた時に、結衣が言葉を掛けてくれて…」
真美は陽太の言葉を聞き、笑みを見せる。
「結衣と仲良かったもんね。『カップルなの?』って思うくらい」
陽太の顔が赤くなる。
「お、おい!俺は別に…」
「『結衣のこと好きだったの?』なんて聞いてないよ?」
陽太は思わず俯く。
二人は進む。その途中、真美がこう話す。
「陽太の凄さはね…」
陽太には真美の声が届いていない。
「だよ。陽太」
その言葉から間もなくして、陽太は真美へ視線を向ける。
「え…。何…?」
何が起こったか分からないような表情で真美を見る陽太。
「聞いてなかったの!?」
「真美が変なこと言うから」
「変なことって…。あのねえ!」
「ところで、何て言ってたの?」
「バッグに聞けば!?」
「どっかで聞いたような
言葉を交わしながら道を進む二人。
その二人の後姿を少し離れた場所で見つけたポニーテールの少女がいた。
楽しげな二人の会話が少女の耳に届くと、立ち止まる。
「それが陽太の凄さだよ…」
笑顔を見せ、そう呟く。
すると、陽太は一瞬だけ視線を空へ。そして正面を見つめると、首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
二人は道を進む。
「何だろう…」
ふと呟いた陽太。
その正体はいずれ分かるだろう。
微笑むポニーテールの少女の目には夕日の向こうへと進んでいく陽太の後姿が映っていた。
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