第一八節 約束だよ?

 翌朝。陽太は家を出ると、偶然結衣と会った。


 「おはよう。偶然だね!」


 「結衣」


 陽太は結衣のバッグへ目を配った。


 この日結衣は地区大会の初戦だった。


 結衣の通う中町中央高校バスケットボール部は毎年県大会上位に名を連ねる強豪だ。



 「結衣ならすぐにでもレギュラーになると思ってた」


 「あはは!私がいきなりレギュラーなんて。ベンチにも入れなかったよ。私は練習のサポートと応援係だよ」


 「結衣ならなれそうなのに…」


 「もう…。陽太ったら…!」


 二人は言葉を交わしながら南山取駅まで歩く。到着すると、定期券で改札口を通り、ホームで列車の到着を待つ。


 薄い雲から太陽の光が差し込む。太陽の光はホームを照らす。



 それから間もなくして列車が到着し、ドアが開く。二人は吊革に掴まり、列車に揺られる。


 列車の窓から見える景色を眺めながら陽太がこう話す。


 「目的地は定めたけど、辿り着くまでが大変だな、俺」


 一瞬、陽太の横顔へ視線を向けると、窓に映る景色を眺める結衣。



 和樹の言葉で悔しい思いをした陽太。だからこそ、目的地に辿り着いて見返してやりたいという気持ちが強かった。



 中学校卒業後、陽太は和樹と会っていない。和樹は台府にある高校へ進学したが、高校名までは陽太の耳には届いていなかった。


 和樹も中学校時代はサッカー部。



 「あいつ、本当に上手かった。入学後最初の大会でいきなりベンチに入って。羨ましかった。そして、悔しかった」


 練習では、陽太は和樹に一度も勝てなかった。



 「あいつに色々言われて腹が立ったこともあった。でも、それをあいつにぶつけても仕方ない。だったらプレーで見返してやろうと思った。結衣の言葉で尚更ね」


 再び、陽太の横顔へ視線を向ける結衣。


 すると。


 「Cone from behind」


 陽太がこう言葉を発すると同時に、列車が次の駅に停車。


 「こうしてサッカーを続けることが出来ているのは結衣のお陰だよ。あの言葉のお陰で辛い練習にもついていけてる。閉ざされた道を切り拓いてくれた。だからこうして夢に向かってまっすぐ進むことが出来ている。本当にありがとう!」


 陽太は笑顔で結衣へ顔を向ける。すると結衣は陽太の表情を見て、少し照れた様子を浮かべ、顔を僅かに俯ける。

 

 以前まではそのようなことはなかった。


 しばらくして、列車が発車。同時に、結衣が顔を上げた。



 「今までそんな表情見せなかったのに…」


 「え、そう?どんな表情だったんだろ…」


 「吊革に聞けば!?」


 そう言い、結衣は進行方向へ目を向ける。



 「吊革って…。どうしたんだよ、いつもの結衣らしくないぞ?」


 列車は鉄道橋を走行する。



 「東山取ひがしやまとり、東山取」


 アナウンスと同時に、列車が減速する。陽太は網棚からバッグを取り、結衣へ顔を向ける。結衣は未だに進行方向を見ている。



 「何か分からないけど、ごめんな。別に結衣を怒らせるつもりはなかったんだ。機嫌直してくれよ。な?」


 しかし、結衣は陽太へ顔を向けない。



 「東山取に到着です」


 列車が停車し、ドアが開く


 「じゃあ、俺行くよ。絶対レギュラー勝ち取れよ。俺も絶対勝ち取るから」


 そう言い残し、陽太は列車を降り、ホームの階段を上る。


 しばらくして、列車が動き出す。結衣は窓へ顔を向ける。頬をやや赤くして。


 

 

 八時半前、陽太は教室へ。バッグを置き、席へ着くと、無意識に窓から見える景色を眺める。その様子を見て、和正が声を掛ける。


 「考え事か?」


 その声で我に返ったように和正へ視線を移す陽太。



 「あ、いや。俺、ベンチに入れるかなと思って。まあ、厳しいだろうけど」


 咄嗟の返事だった。



 「メンバー発表は金曜日か」


 「和正は入るでしょ」


 「そんなことないって!」


 笑いを交えながら言葉を交わしていると、猛が笑顔で歩み寄る。



 「楽しそうだな。何話してるんだよ?」


 「和正はレギュラーに入るだろうって話」


 「だから、そんなことないって!」


 笑い合う三人。



 猛は和正へ視線を向ける。



 「でも、和正はあるんじゃないか?一年の中では飛び抜けてるもん。悔しいけど」


 「そうだよ。絶対あるって。悔しいけど」


 「おいおい…」


 和正は少し呆れた表情を見せる。



 実際、大石と森だけでなく、上級生も和正のプレーを高く評価している。公彦が危機感を覚えるほどに。

 

 しかし、和正は冷静だった。



 「レギュラーになったら今度はその座を守り続けなくちゃいけない。その為には能力を維持しつつ、自分自身が伸びなくちゃいけない。俺は常に上を目指している。ここで終わりたくない。まだまだ成長したいんだ」


 笑顔で陽太と猛を見つめる。二人は和正の目から何かを感じ取った。


 陽太が言う。



 「俺も同じだ。まだまだ成長したい」


 猛が頷く。



 すると、陽太の背後から声が。


 「三人まだまだ伸びるぞ。いや、全員だ」


 振り向いた陽太の視線の先には長谷川の姿が。



 「先生…」


 陽太は立ち上がる。


 「女子の練習を見に行く前に男子の練習を見ている。全員良いものを持っている。それを維持しろ。そして、伸ばせ。全国も夢じゃないぞ」


 そう言葉を掛けると、長谷川は教壇へ。


 「全国…」


 陽太は長谷川を見つめながら呟く。


 和正と猛も。



 一時間目終了後、陽太は携帯電話を取り出し、画面を表示させる。すると、メールが入っていることに気付く。



 「結衣…」


 

 受信時刻は東山取駅を発車した八時二分。


 開封すると、一言だけ。


 -約束だよ?-


 文面を見て、陽太は笑みを浮かべながら頷く。



 -約束するよ!-


 こうメールを返信した陽太は目を閉じ、携帯電話を制服のブレザーのポケットへ。



 その日の夜。結衣は自宅で陽太からのメールを開封。


 「陽太…!」


 笑みを浮かべながら頷く結衣。


 「約束だからね…?朝はごめんね、あんな態度とっちゃって…」


 携帯電話を机の上に置き、部屋の窓を開ける。



 同じ頃、陽太は部屋の窓を開け、夜空を眺めていた。無数の星が輝く。その中に一際輝く星が。


 同時にある人物の顔が浮かぶ。


 陽太はその星を眺めながら改めて誓う。


 「約束するよ!」


 

 その人物も同じ頃、同じ星を眺めていた。


 同時にある人物の顔が浮かんだ。


 朝、偶然会った人物が列車内で見せた表情が。


 星を眺め、その人物に問うように言葉を贈る。


 「約束だよ?」


 

 同時に、二人が眺めている星はより一層輝きを増す。


 それは二人の気持ちが通じ合った瞬間なのかもしれない。


 

 

 

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